いつも何処でも一人で行ってしまう父、
その日は珍しく俺を連れて行った。
魅香に出会い、本名を呼ばれる喜びを、
俺はその時、密かに噛み締めていた。
そう、初恋に浮かれていたのだ。
そんな有頂天だった俺に父は、
帰り際、険しい顔で一言告げた。
『離婚が決まった。
お前には酷な事だとは思うが、
引き取ってやることができない。
会うのもこれで最後だ。」
この言葉で幼いながらに理解した。
父親には捨てられたのだと。
そして何を思ったのか俺は、
『早く母の愛を証明しよう』と、
母が何よりも大切にしていた髪を、
自分でブツンと切り落としたのだ。
勿論、母は激怒した。
『夏夜”ケイ”は…愛せない?』
その瞬間の母の顔は滑稽だった。
唖然とするような後悔するような顔。
…母はすぐにその場を離れた。
俺はそれを無言の肯定だと思った。
着物は嫌いじゃない…着物を着ないと、
自分に価値が無いと気づいた瞬間を、
思い出すのが恐ろしいんだ。
母は肯定したつもりではなかったと、
今考えればなんとなく分かる。
母は愛する方法も伝える方法も、
下手くそな人だから。



