ごく、ごくと喉を鳴らしてマコトはジュースを飲みこむ。
ぷはあ、と息を吐いて、口元をぬぐった。

「あの人らって、痛いとか苦しいとか、体だけだろ?心はもう感じないんだろうな」

岬も後に続く。

「心がもう何も感じないなら死んだほうがましだよね」。

二人の論点は合っているようで、どこかずれている、と俺は思った。
でもそれを説明する能力が無いから口には出さなかった。




「こんだけ苦しそうな人間が溢れてたら、世界平和なんてほど遠いな」

「待って。それって、苦しい人がいなかったら世界は平和ってこと?」

「普通に考えてそうだろ」

マコトは背もたれに体重をかけて返事をした。
脱力しているのか、ソファからずれ落ちているような恰好になった。


「そうかな、私はそれ違うと思う」

岬は芯の固い声を出した。

「苦しむ人がいなくなったら平和だなんて、それは違うよ」

噛みしめるように、丁寧に言い直した。

「だって、愛する人がいるからこそ苦しい時だってあるんだから」

俺は思い出していた。
マコトと岬が、図書室に入っていったあの時の、名前のない感情を思い出していた。
あの時に感じた胸の閉塞感を、鮮明に思い出すことができた。