葵の体を犯していた『不安』が、代わりに『安堵』へ形を変えて涙になる。
目尻に滲んだ彼女の涙を指先ですくうと、柾は彼女の柔らかくてふっくらした唇にキスを落とした。

「葵、雪が降っているよ」
「え、珍しいね」

柾は葵の手を引き、社長デスクの後ろにある大きな窓ガラスの前に立つ。


真昼間の東京の空は色がなく、チラチラと雪が降り出していた。
折り重なる厚い雲の隙間から、ぼんやりと太陽の光が差している。
雪は光り輝き、まるで宝石のようだった。


「柾さんと、今年も雪を見ることができて幸せ」

「この子が少し大きくなったら、三人でこの景色をここから見たいね」

「うん」


柾と東京の雪化粧を見て、葵は微笑んだ。

柾と出会った時も、再会した時も。こんな風に雪が傍にあったことを思い出す。
亡くなった母の雪子が、玉雪になって二人を温かく見守ってくれている――ずっと。

ようやく気づいた、葵だった。


END.