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「大丈夫?」


肩で息をする葵の背中を、須和は微笑みながら指先でなぞった。
背を向けているので葵の瞳から涙が流れていることに、彼は気づいていない。

(あ、シーツにシミが付いちゃう……)

手でその部分を隠すと、クスッと頭上から笑い声が聞こえてきた。



「ねぇ、葵」

「え?」

「……いつか僕と結婚してくれる?」

「!?」

葵は大きく目を見開き、顔を真っ赤にした。

(い、今。結婚って言った?)


動悸が激しくなり、息が絶え絶えになってゴホンと一つ咳払いした。

「……もちろん。できることなら、一秒でも早く柾さんと結婚したいです……!!」


「あはは、じゃあ決まりだな。僕と結婚するまでにちゃんと職人になるんだよ?
物凄い人になって、日本に帰ってきて」

「えっ……!?」

(柾さん……?)


須和は葵の顔を振り向かせ、視線を絡ませてくる。
切れ長の漆黒の瞳は、葵の心まで読み取ろうとしているようだ。

「泣くくらい、僕のこと好き?」

「はい……」

ボロボロと涙をこぼしていると、彼は顔を引き寄せて唇で涙を拭う。

「何回でも葵に会いに行くから心配しないで。
ちゃんと夢を叶えてもらわないと、結婚した時に後悔しちゃうかも。そう思わない?」

「はい……」


いつもの様に優しく微笑まれて、胸が切なく締め付けられた。

でも、葵の胸には不思議なことに不安という感情はなく、温かいものしか存在しない。


これでやっと、自分の人生(・・・・・)のスタートラインに立てた気がする。
葵の人生を生きる。これからの長い時間は、ずっと柾さんとともにありたいーー。




葵の瞳には、もう涙は浮かんでいなかった。