麗しの彼は、妻に恋をする

気づけば全身ずぶ濡れ。

髪も顔も、手にしたおにぎりも台無し。スーツも茶色の雨水で泥だらけ。

――うそでしょ?

ふたつ目のおにぎりはまだひと口しか食べていないのに。

貴重なわたしのおにぎりが、くそぉ。

茫然と立ちつくしていると、一台の車がスッと止まった。

ドアガラスがするすると下りて、知った顔が現れる。

「どーしたの?」

――あ、冬木さん。



とりあえず乗りなさいと促され、運転手に渡された数枚のタオルでスーツを拭き、柚希は車に乗った。

「ありがとうございます」

「しかしまぁ、派手にやられたねぇ」

なかば感心するように、彼はしげしげと見る。

「びっくりしました」

「そうだろうね。僕もびっくりだよ。一瞬でも傘で防御はできなかったわけ?」

「はぁ。ちょっと考え事をしていて」

「おにぎりのこととか?」

「やだなぁ、違いますよぉ」

「でも、じっとおにぎりを見つめていたよね」

――う、見られてた。