――まさかねぇ。

和葵が本当に結婚するとは、夢にも思っていなかった。

夏目はここ最近を振り返りながら、ため息をつく。

桜井柚希が、愛人の契約に来ると言われていたあの日、彼女は現れなかった。
そのことを彼は「来なかったね」と言っただけ。

特に気にもとめていないようだったし、それきり何の音沙汰もないようだったので、彼女に関する情報を一旦記憶の奥にしまい込んだのである。

ところが、それから十日ほど経った頃。

朝から彼に呼び出されて向かったマンションに、桜井柚希がいたのである。

彼女は紺色のリクルートスーツを着ていた。

第一印象は、化粧っ気のない素朴な女の子。あとから泥を被ってシャワーを浴びたという事情は聞いたが、スッピンだったということもあったのだろう。
それを差し引いても、素朴という印象は変わらなかったと思う。

名前を聞いて思い出し、この子が彼の愛人になるのかと思ったが、驚いたのはそのあとだ。

『彼女と結婚することになった』