蘭はいつものようにペコリと頭を下げる。無理に過去を話したくはない。蘭はそう思いながら目の前の女性ーーー三国ほのかを見つめる。彼女はこの家の長男である天良(たから)の妻だ。

「浴室はどちらにありますか?」

蘭は無表情を意識して訊ねる。ほのかは「廊下の奥にあります」と動揺したまま答え、圭介は蘭とほのかの顔を交互に見つめていた。

その時、「お前は接客の一つにどれだけ時間がかかってるんだい!?」と言いながら五十代後半ほどの女性が現れた。蘭の目が大きく見開かれる。

「あんた……何で……」

天良の母親でほのかの義母である晴子(はるこ)の顔は怒りで満ちていく。蘭が圭介の手を掴んで浴室に向かうと、背後から罵声を浴びせられた。それを蘭は必死で聞こえないフリをする。

「何故この家の敷地内に入ってきた!?」

「ここはお前が来るべきところじゃない!!」

「さっさと出て行け!!」

激しい怒りに満ちたその言葉に、圭介は「神楽さん、どういうことですか?」と訊ねる。蘭は「何もありません。過去のことです」と淡々と答え、浴室のドアを開けた。