いつもと変わらない、夜の街。
こうやって誰かと一緒に見たのは初めてで
何百回と見てきたはずの景色がいつもより
少し綺麗に見えた。
ネオンがだいぶ消え始めた頃
「ここはいいな…」
男の人は前を向いたまま、ぽつりと言った。
「俺、思うんだ。
毎日毎日、朝から晩まで必死に働いて
何になんだろうって。
上司に嫌味いわれて仕事押し付けられて
残業して…それでもきっと頑張れば認めて
もらえる、正社員として働けるだけでも
幸せだとか思って耐えてきた。
でも、もう分かんなくてさ…
こんなに頑張って何したいのか、
これでいいのか。
やめたいのかすら、分かんないんだ。」
突然、男の人から溢れるたくさんの言葉。
そして、一呼吸おいて
「この神社みたいにさ、皆から忘れられて消えてしまえたらどんなに楽なんだろうな。」
辛さや悲しさ、疲れ、寂しさ
色んな感情が混ざった声だった。
わたしは、驚いて様子を伺おうとしたけど
男の人はずっと前を見ていて横顔しか
見ることができない。
でも、その横顔からでも分かる。
この人はずっと何かと戦っていたんだ、と。
人間のことは、よく分からない。
でも、ずっと人間は猫よりずっと
自由で何でもできると思ってたわたしには
そんなことを思う男の人が意外だった。
そして、それと同時に少し悲しくなった。
わたしはこの人が来てくれて
少しだけ嬉しかったから。
あの水溜まりにお願いしたことが
本当になったんだって、ドキドキした。
こうやって男の人の隣にいる今も
ドキドキしてる。
それなのに、
男の人はわたしと真逆のことを思っていて
すごく、戸惑う。
ああ、どうしたらいいんだろう。
わたしはどうにか
男の人に元気を出して欲しくて、
そして、わたしの方を見て欲しくて
男の人の手をそっと舐めた。
男の人は少し驚いてわたしを見たあと、
また頭を撫でてくれた。
「俺は猫相手になにいってんだろな…
聞いてくれてありがとう。」
“わたしこそ来てくれて嬉しいんだよ!
だから、消えたいなんて言わないで…!!”
伝わらないと分かってるけど
伝わって欲しくて声を出す。
そしたら、男の人は少し笑って
ありがとうって言った後
「お前は…野良のくせに真っ白で綺麗だな。
野良じゃないのか…?
まあいいや、俺は、慧。
お前は、シロだ。真っ白のシロ。
よろしく~」
って1人で納得してわたしの顔を
両手でぐしゃぐしゃ撫でてきた。
頭をぐわんぐわんされて
ちょっと嫌になりながら
なんだか慧といったその人が
少し元気になってるのは嬉しかった。
ひと通り菜で終わると
「じゃあ、俺はそろそろ帰るわ。
シロ、またな。」
そう言って、
荷物をまとめてるとそのまま神社を
降りていった。
――また静かになった境内。
またねって言ってた!
また、また来てくれるんだ…!!
まだ高揚した気持ちを抑えつつ
その場に丸くなった。
気が緩んだ途端眠くなったから
慧がいる時は知らない間に
緊張していたのかもしれない。
こんなにわくわくして
胸が満たされるのはいつぶりだろう
なんて考えながら目を瞑ると
いつの間にか意識が遠のいていった…
