「あのー」

「はい。」

「傘が欲しいんですけど、」

「こちらにもございますが、あちらの通路を挟んで右側の方が傘コーナーになっております。
後は、一階にはなりますが食品売り場の近くにあるサービスカウンターの方にビニール傘……」

そこまで言いかけて、言葉がぴたりと止まる。

中腰になりながら思わず上を見上げる。1番に目に飛び込んできたのは、黒目がちな大きな瞳だった。

アッシュブラウンの緩いパーマの髪の毛は濡れていて、毛先から雫が落ちる。ブラウンのジャケットも雨のせいか肩らへんの部分だけ色が違って見える。


視界がぐらりと揺れた。それと同時にその場に尻もちをついてしまった。

その姿を見て、目の前の男は大笑いをした。顔をくしゃくしゃにして、屈託のない…あの頃と変わらない笑い方を――。

「あっはっはっはっ、何やってるんだよ。笑真」

腰が抜けてしまうとは、この事を言うのだろうか。

そしてさも当たり前のように目の前の男は私の手を握り、ぐいっと力を入れた。 その笑い声と’笑真’と呼ぶ声。そして冷たい手の先に懐かしさが胸いっぱいこみ上げていく。

「奏?」

その名を彼に対して使うのも何年ぶりだったろう。