「あの女と一緒だったんだなって…。捨てるんだなって言ってた。
奏だけを連れて行くんだって。俺を置いていくとも、と」

そこまで言うと奏は黙り込んで下を向いた。

「ねぇ、それって奏たちのお母さんの事だよね…?」

言葉の節々を切り取って見ても、そうとしか考えられない。

あの時の駿くんの瞳は全然私を見ていなかった。私を通り越した別の何かを見つめていた。

そしてそれは恐らく、奏たちの母親の事だ。 小さい頃に離婚した両親はそれぞれ、父親が駿くんを母親が奏を引き取って行った。

その事について駿くんは決して今まで悲しみの類を口にしなかった。それどころかどこか大人びていて、色々な事情があったんだろうっていつも言っていた。

だからそれ程までに強い憎しみを母親に抱いているとは、思いつきもしなかったのだ。

「でもあの人は…俺にとっても全然母親らしい人ではなくて…そんなに兄貴が拘っている様には思えないんだけど…。
離婚した後兄貴は母親に会いに来る時もあったけれど、ちっとも嬉しそうではなくてさ。
寧ろ父さんの所に居た方が絶対幸せだったと思うけれど」