「だから待てよ」
今日の橘くんはねちっこい。
いつもは、用件だけ簡潔に伝えて幽霊のように消えていくのに。
なのに、素直に従ってしまう自分の思考回路が理解できない。
「お前さぁ、人の話最後まで聞けよ。瑠璃じゃねぇんだから」
まさか瑠璃さんと同類にされるなんて思ってもみなく、心外である。
私と瑠璃さんは全く別の性質だろう、色々な意味で。
「お前、俺に協力しろ」
何を言っているんだ、この男は。
「お前の写真が挟まっていたページに、罪を償いたい、だなんてお前が絡んでるに決まってるだろうが」
急展開すぎる話に私の小さい脳はパンク寸前である。
「でも、私、何も知らないわよ」
「だから、これから調べるんだろうが」
ここは、断りたい。
これ以上接近すると私が持たないのだ。
「た、橘くんに協力したところで、わ、私に得ないし……」
少しわざとらしいが断る口実がもう、このくらいしか思いつかない。
「得なんてねーけど、引き受けなきゃマイナスだぜ」
そう言って不敵な笑みを浮かべる。
「どういうこと?」
橘くんは、別の世界へ誘うように妖しげな笑みを目に含んだ。
「お前が俺ん家で勉強してる、なんて高田にバラしたらどうなるだろーなー……」
嫌味な長音の引きずった吐息が、私をいとも簡単に飲み込んだ。
これは不可抗力だ、なんて狡い。
きっ、と睨みあげるが、魔力を纏うような毒々しい雰囲気は崩れなかった。
それどころか、髪から滴る雫さえ、濁って見えてきた。
王子なんかじゃない。
――魔王だ。
橘くんは、黒魔王だ。



