「降ろすぞ」
息苦しさも落ち着いて来た頃、ぶっきらぼうにそう言われた。
その言葉とは裏腹に、とても丁寧に降ろしてくれて、足が地についたときの音が聞こえないくらいだった。
「ここは……?」
私でも蹴破れそうな、でも風格を感じる引き戸。
時々、ししおどしの明瞭な音が響く。
「俺んち」
……は!?
私の家とは正反対の、純和風の大きい家。
屋根瓦は汚くはないけど、中々年季の読み取れるもので、味がある。
横を見れば、苔やら池やら砂利やら、よく分からないがとにかくきれいな日本庭園が続いている。
心が洗浄されるような和の空気に引き込まれた。
まさか、こんな家に住んでいたとは……。
「もう隠れても無駄だ。出てこい」
突然、橘くんが大声を出したもので、思わず跳ねてしまった。
「分かってんだぞ、お前が尾けてきてんのは」
何の話かついていけずにとりあえず周りを見渡す。
「ったく手間取らせやがって」
橘くんはくしゃりと髪を乱すと門を出ていった。
「おい、さっさと出てこい」
「ちょ、ちょっと待ってよ、わ、おい!」
……何か、聞き覚えのある……。
女の子みたいな声。
もしかして……。
「ちょ、琥珀!……あ、やっほー……」
橘くんはその男の背中を刑事みたいに強く押して近づけてくる。
しばらく開いた口が塞がらない状態だったけど、何となく事情を読み込めた。
傷んだ金髪、大きくて、真っ黒な瞳、高い鼻、ぽってりした唇。
信じられないけれど、やっぱり並ぶと似ていて。
「やっほー……ってなると思いますか?」
……何してるんですか、知成さん。
「いや……はは」
「はは、じゃねぇよ。お前下手したら警察行きだぞ」
「ごめんって!遥斗が」
「遥斗遥斗って……しかもかなり猫被ってたみたいだな、お前。優男ぶりやがって」
「優男ぶってなんか」
「コイツ、お前のこと優しくて良い人とか言ってたぞ」
「い、いやぁ〜」
「喜ぶ場面じゃねぇ。言わせてんだろ」
「本心だよね、天藍ちゃん?」
しばらくコントのような会話を見続け、急に振られたものだからあわあわしてしまった。
「えと……?え、あ、は、はい」
「天藍ちゃん!?」
「ほら、言わせてんじゃねぇか」
「あ、あのー……」
なんだか仲睦まじい会話の中に割り込むのは気が引けたが、そろそろはっきりとした状況説明が欲しい。
「た、橘くんと知成さんはどういう……?」
「ん?友達だよ?」
「嘘つけ」
満面の笑みでそう答えた知成さんの頭を橘くんが叩く。
「痛っ!」
「お前を誑かしてたこの優男は」
……誑かされてなんかないんだけど!
そこは全力で否定させて!
「俺の兄だ」



