「ちょ、ちょっと待って、早退ってどういう……きゃ!」
私が尋ねる前に強く腕を引かれ、肩が外れそうだ。
橘くんはお構いなしにズカズカ校門へと足を進めている。
「こ、このあとの授業は?それに、補導されたり、とか」
「ごちゃごちゃ言ってねぇでついてこい」
私を振り返らずに言う。
「補導されないよう裏道を使う。授業くらいサボれ。お前今まで散々サボってただろ」
「で、でも橘くんは……?」
「うるせぇ黙れ」
私の心配も突っぱねられ、私達の間には沈黙が流れる。
……ああ、ごめんなさい、橘くんの親御さん。
私のせいであなたの息子さんの優秀な成績に傷をつけてしまいました。
まず、一番気にかかっていたことを心の中で謝り、次に知成さんと遥斗に謝罪する。
知成さん、見知らぬ人に悪者扱いさせてしまってすみません。
遥斗、約束破ってごめんね。
一通り、1人謝罪会見が終わったあと、空を見上げた。
空は瑞々しい新芽に覆われ、風がそれを撫でる。
不純物など一切入っていないような鮮やかな黄緑が初々しくてこちらまで心が爽やかになった。
そんな生きる活力に溢れた桜の木の下から外れると、急激に息苦しさを覚えた。
「はっ、はあっ、っは」
胸の辺りを押さえ、無理矢理橘くんを止める。
どくどくと全身に何か有害なものが流れているように激しく脈打つ。
酸素が足りない、苦しい。
長い前髪が汗を糊として額に張り付き、僅かに目が潤う。
「あー、くそ、忘れてた」
ぼんやりとそんな声が聞こえたかと思うと、ふわりと体が軽くなった。
抱っこされていると認識したのは、顔をあげて橘くんの喉仏が見えてからだった。
「え……?」
体の片側に橘くんの体温を感じる。
ゆっくりと、規則的に体が揺れる。
「お、……重い、よ、っ。わ、たし、歩ける、からっ、っ」
「目の前で苦しみ出した人間を酷使するほど俺は落ちぶれてねぇから」
上から、しかも近くから睨みつけられ、いつもより恐怖が倍増した。
甘い、フローラル系の香水の匂いが私の鼻をくすぐる。
これは……ジャスミン?
だが、そんなこと気にならないくらい、どくどくと心臓が痙攣して、全身が熱い。
荒い息が思考を遮る。
そのまま眠る……なんてことは絶対不可能なので何とか落ち着けようと深呼吸を繰り返した。



