無意識に口元が緩んでいたのか、私の顔をみると橘くんは飛び跳ねるようにして私から離れた。
そして、しなやかな人差し指を私の鼻先に突きつけて、こう言った。
「と、とにかくお前、今すぐ帰れ」
今私が勇気を出して言ったことはあっさりスルーされているのだが。
「で、でも約束が」
「そんなもん無視しろ」
……はい?
「約束したの、遥斗とチナリって奴なんだろ?さっさと破っちまえ、そんな約束」
「ど、どうして」
「じゃあ聞くけど、お前学校休んで何か損ある?そいつらに何かされんのか?」
「そ、それは……遥斗が、泣く……?」
「お前頭錆び付いてんの?演技に決まってるだろ、あいつの場合」
「……」
「それにさ、そのチナリって奴は遥斗の知り合いってだけだろ。騙されてるって考えは無いわけ?」
……一度は疑ったけども、それはきれいに晴れた。
それはありえない。
「知成さんは、そんな人じゃ、ない」
少し怒りを滲ませて言うと、その反動で私より数倍強く返された。
「何で?」
サラリと黒髪が橘くんの額をなぞり、涼やかな瞳を強調させる。
「だ、って勉強とか、教えてくれて……」
言ってからまた後悔だ。
そこまで言わなくてもよかったのに、橘くんの前だと口が滑る。
「や、優しいし、良い人、だから」
心無しか、周りの植木から葉が擦れ合う音が聞こえたような気がした。
「何でそんな幼稚な考えなの?人を騙そうとしてる奴が悪人ぶりを表に出すか?」
ぐうの音も出ないほどその通りで押し黙ることしかできなかった。
確かに、知成さんは鈍感で、紛らわしくて、非常識なとこあって、人の話最後まで聞かないけど。
あの温かみは本物だ。
目を見ればわかる。
「……意思、揺るがないみたいだな」
私を上から見下ろし、眉根を寄せてため息をついた。
別に私に何があろうと、橘くんには関係ないから、放っておけばいいものではないか。
すると、私の手首が誰かに掴まれた。
それは、もちろん橘くんしかいない。
「早退するぞ」
ナイフのような瞳が鋭く光った。
……え?



