今日だけで3度以上不審者扱いされた男を泊めるものか。
私の視線が崩れることを諦めたのか、今度は背筋を伸ばして、くるり、と私に背中を向けた。
その背中が、思っていたよりも大きくて、少しドキリとしてしまった心臓を殴ってしまいたい。
声も高いし、仕草も丁寧だからすっかり男の人だという認識が薄れていた。
「じゃあさ、こうしよ」
意地悪な響きを持った声に嫌な予感が走る。
知成さんは首を回し、こちらに顔だけを向けて妖しげに唇を歪めた。
合わせて揺れた金髪が、さらに異様な雰囲気を加速させる。
「天藍ちゃんが学校行ってくれたら、僕帰る」
「はい?」
「あ、それ賛成」
「はい!?」
遥斗まで何を言い出すんだと、呆れたため息をつく。
「だって、すぐに学校始まるでしょ?」
「私は行かないって言ったじゃないですか」
「行かないと困るのは天藍ちゃんだって」
――僕は天藍ちゃんを思って言ってるんだよ。
そんな恩着せがましい言葉が聞こえてくるようで、肩がずしりと重くなった。
「そうだよ、将来困るのは天藍姉だよ。今、ちゃんと勉強しておかないと」
将来困るなんてよくわかるものだ、お前はエスパーか?
私の全てを知らないから、そんな軽率な発言をできるのだ。
今、ただでさえいつ狂うか予測できない歯車を持っているというのに。
「お願い……」
上擦り、震えた声に心臓が跳ねる。
服の裾を引かれる感覚があり、びくん、と体が反応する。
「学校に行ってよ……天藍姉……っ」
遥斗の外国人みたいに色素が薄くてきれいな瞳が濡れて、たくさんの光の欠片が私を刺した。
丸い頬を伝った雫が私の服を汚し、心まで乗っ取ってくる。
たかが姉が不登校なだけなのに、泣くまでに弟が背負う必要があるのか。
そろそろその差し伸べる手がうざったくて払いたくなるが、そこをため息で抑え、若干のデジャヴに怒りを心で発散する。
涙はマジック。
被害者が加害者を泣かせば、あら不思議。
その被害者は加害者に、加害者は被害者へと逆転したではありませんか。
少し過度な例えではあったが、周りの目と、「泣かせた」という事実が自分でさえ、自分自身が悪いことをした気分に錯覚させるのだ。
泣いたものは弱く見えるがそれは違う。
泣いた者こそ、圧倒的強者へと変化するのだ。
事実さえ、歪めてしまうのだから涙の力は強い。



