「え……るり兄?」
乱れた息と髪から必死さが読み取れ、胸に針が刺さる。
「お前……天藍姉に何かしようとしてただろ。俺は通報するからな」
色素の薄い瞳がギラリと光り、知成さんの姿を射止めた。
でもなんだかそれは単なる怒りだけでないような気がして。
若干に眉が下がり、瞳も淡く滲んでいて、悔しいというか、裏切られたというか、そんな感情が見受けられた。
深い、怒りだった。
見たことのない遥斗の乱れように吃驚はしているが抱きかかえられていることで、どこか迫力に欠ける。
「僕は何もしてないよ〜。天藍ちゃんに聞けばわかる」
「天藍姉が脅されてるかもしれない」
「でもさ、あの状態で僕は天藍ちゃんに何をするっていうんだよ?」
「そりゃ色々あるだろ!首を絞められる直前だったかもしれないし……」
そんなに接近していたことに気付かなかったなんて、私は脳のネジが取れていたのだろうか。
ただ1人、涼しげに佇む知成さんは、にっこりと笑って、何も言わなかった。
大人の余裕という言葉を今、初めて体感した気がする。
「……っ」
流石の遥斗も悔しげに口を閉ざした。
「じゃ僕ら勉強するけど、遥斗はどうする?」
当然のような口ぶりに膝から人形のようにカクン、と力が抜けた。
「え、今からですか」
外は温かい笑みを失いかけているというのに。
「帰らなくていい……だったよね?」
「え?」
「僕、掃除したもん」
……そういうことか、あの邪悪な笑みは。
今や屈託の無い天使のような笑顔を浮かべているが、その皮の下ではほくそ笑んでいるんだろう。
やられた。
「泊まる気ですか」
「うーん、どうしよっかな」
体の後ろで指を組み、ゆらゆらと長い足を弄びながら散々私の部屋を回ったあと、私の前でピタリと止まった。
背中を曲げ、上目遣いで私を覗く。
その上目遣いで私全てを読み取っていそうで、私は軽蔑の視線を突き付けた。
知成さんの黒目が僅かに収縮する。



