「お邪魔します」

たん、と靴を持って私の部屋に入ってきたとき、何かが落ちる音がした。

「わ、何か倒しちゃったみたい。ごめんね」

焦りで一杯の声で知成が拾おうとしている倒れた何かを見た途端、私の喉から叫び声のような甲高い声が飛び出した。

「見ないで!!」

だけど鈍感な知成さんは私のキツい振動が鼓膜に届くのが遅れたようで、倒れた四角い額縁に入れられた写真を見てしまっていた。

「これ……?」

「もう、人のもの勝手に見て」

さっ、とそれを取り返すと、知成さんは興味を失ったようで微塵も悪気を感じとれない態度で私の部屋を見渡していた。

「て、いうか不法侵入で通報しますよ」
 
「大丈夫!僕と天藍ちゃんは家族だから!」
  
いよいよ何を言ってるのか理解できなくなってきた。

「ってか、ここ2階ですよ!?」

「え、そうだよ?」

不思議そうに首を傾げ、質問返しされた。

自分がどれだけおかしなことを言っているのか分かっていないようだ。

「いやいや、そうだよ、じゃなくて。どうやって来たんですか」

「え、普通に……登ってきたよ」

「だから、2階ですよ」

「2階だよ?」

「……」

何だか私のほうが阿呆な人になっているような気がしてきたので、もう尋ねるのをやめた。

運動神経が馬鹿という認識に留めておこう。

「くしゅんっ」

「くしゃみ可愛いね〜」
 
からかっているのか本心なのか分からないが、反応して頬に熱が集まってしまうことが悔しい。

「そういうのいいですから、帰ってください」

「ん〜無理かなぁ」

見かけによらず、かなり頑固なようだ。

どうしたらこの頑固頭を粉砕できるのか、いっそのこと物理的にやってやろうかとも考えてしまう。

「どうしても、帰りたくないですか?」

「うん」

さっき舞った埃が積もったのか、きらり、と金髪に光が走る。

純粋な微笑みを受け取った私は、少し意地悪に唇を曲げた。

「じゃあ、」

知成さんの白い頬が僅かに動き、不快になったかと思われたが、私は続ける。

「部屋、掃除手伝って下さい」

「手伝ったら、帰らなくてもいいの?」

「いいですよ」

私が自信満々にそう放つと、知成さんの形の整った瞳が邪悪に歪んだ。

ゾクリと何かが走り、電気が回ったように全身が痺れる。

何……?

知成さんの初めて見る表情、一瞬だけだったが、見逃さなかった。

「じゃ、僕ここから掃除するから、箒か何かある?」

「え、ええ……」

ぼんやりと返事をしてから、その笑顔を見つめる。

まるで、綿飴が溶けてベトベトと纏わりついていく、そんな笑顔に見えてしまった。