「……ごめん」

瑠璃さんは反論することもせず、震える声でそう言い、俯いた。

何で、謝るの。

この感情を向ける矛先が、どこかわからなくなる。

「今謝罪は必要ない。何でかって聞いてるのよ!」

ビクッ、と瑠璃さんの肩が跳ね、後に押し寄せてきた静寂が私の声の大きさ、剣幕を物語っていた。

「伝えるのが、辛かったから。ごめんね」

また、謝る。
 
「……そう、ですか。じゃあ、何でそんな、急に?」

酸素が足りなくなるほど呼吸が荒くなって、言葉が途切れ途切れになる。

瑠璃さんは俯いたままだ。

「クモ膜下出血」

「え?な、何で?橘くん、まだ10代よ?」

「クモ膜下出血は40代とかが発症するイメージがあるかもだけど、全年齢発症する可能性はあるんだ。それに、父が一度、クモ膜下出血を経験している。親族が発症していると、発症リスクは高まる。その上、琥珀は……」

瑠璃さんは語尾を濁したが、私には十分伝わった。

クローンだから、か。

「だから、定期的に検診には行っていたんだ。クローンとしての検診以外に。でも、防げなかった。前兆は無く、突然だった」

私は唇をかんだ。

初めて、彼がクローンであることを憎んだ。

「それでね……っ」

スラスラと、無機質に話していた瑠璃さんが言葉を詰まらせる。

赤く充血した大きな黒曜石の瞳から、光の粒が零れ落ちた。

「琥珀が倒れたのは……君の病室だった」

「……は?」

「看護師が君の病室に訪ねたとき、琥珀が倒れていたらしい。君の酸素マスクは、外れていた」

瑠璃さんは、どういうことかわかるよね、と言わんばかりに、両眉を下げながらも嫌味な笑みを作る。

私は唇を指で押さえた。

震えていた。

「……琥珀、脳死だったんだ。体は生きてるのに、目を開けてくれない。声を聞かせてくれない。とても辛かったよ」

何故、私は、そのときに起きれなかったの。

現実は、童話みたいにうまくいかない、わかっているのに。

まるで漫画みたいに、いや、それ以上に残酷な運命を辿ってきていたら、それくらいの奇跡、起こってもいいだろうと傲慢にも願ってしまう。

私はハッピーエンドを迎えられるようなヒロインでは無かった。

当たり前だ、これだけ汚れた白ならば。

ああ、温かい筈の春が、こんなに痛く、寒い。

――どうして神様は、一人の人間に不幸を重ねるのだろうか。