私には、愛が分からない。
だから、"愛"なんてもの、要らない。
愛なんて、空想の絵空事。
表面上は美しく輝いているかもしれないが、奥を見るとどろりとした人間の思想が汚く絡み合っているだけのものを美化したいがために生まれた言葉だもの。
――少し話が脱線したが。
ともかく、遥斗があんな感情を表に出すのは意外だった。
……まさか、母を慕っていた?
それともただ単に、泥棒猫の息子というレッテルを貼られたくなかっただけ?
どちらにせよ、私には関係無い。
……ねぇ、信じられる?
小学校のとき、自分の名前の由来を聞いてくるという宿題が出た。
忙しさと疲労でイライラしている母に、恐る恐る話しかけた。
……そしたら、何て言ったと思う?
「分からない」だって。
当時の私は酷くショックを受けて、寝る前に母の部屋を覗き、パソコンの前で寝落ちしたのか、彼女の震える背中を憎らしく睨んだ。
今にすれば、仕方のないことだと分かっている。
というような訳で私は自分の名前の由来すら知らない。
名前といえば、知成さんはカッコいい名前だな、とつくづく思う。
あのほんわかした性格は、名前のキリッとした感じには合っていないけれど。
だから、名前聞いたときは印象とかなり違ってびっくりし、た……?
……待って。
私と初めて会ったとき、知成さん、一度私のことを「天藍ちゃん」と呼んだ。
なのに、あの人、自己紹介のあと、私の名前を聞いた。
……どういうこと。
確認のため?
でもそれなら初めから名前で呼ばないはず。
そもそも、遥斗との関係も曖昧だ。
母が治療に当たっている患者の身内、という繋がりは弱すぎる。
それだけでこんなに丁寧に勉強を教えてくれるのはおかしい、というか遥斗ならそのくらい、呼ぶ前に気付く。
――紙袋。
……そうだ、紙袋。
あの教科書だって、よくよく考えれば違和感だらけだ。
知成さんは「送り間違えた」と言ってあれを回収した。
その後、内容、そして外装も一緒の紙袋を橘くんが私の病室へ置いて行った。
そして、私が窓際に置いておいた橘くんの紙袋、中身のことについて触れてもいないのに何故か知っていてそれをまた回収した。
整理すると、知成さんが送り間違えた紙袋と橘くんが持ってきた紙袋は同じだと考えるのが普通だが、それならば知成さんと橘くんは何らかの繋がりがあるはず。
これは確認しないと分からないけれど……全体的におかしい。
遥斗のことだ、きっと大丈夫だとは思うが、万が一、変な人に騙されていたら。
怒鳴られる覚悟で、飛び込むか、母の職場に。
母が花瓶に生けた花は、ぐったりと項垂れていた。



