「ありがとうございました」

如月櫻子とは別のかかりつけ医に礼を言い、診療室を去った。

ここに出向いたついでに如月の様子を覗いておこう、とエントランスに向かいかけた足を止め、方向転換する。

水樹さんは本当に自首をしたみたいで、かなり大々的に報道されていた。

ただ、高田華斗殺害の動機は怨恨ではなく、衝動的なものとなっていた。

水樹さんが嘘の証言をしたのだ。

本当の動機を言えば、俺や千稲、如月などの親しい人物の秘密を晒すことになるから。

数え切れないほどの大きな犠牲を払い、命を賭してでも守った者すらいるこの大きな秘密たちを、簡単に漏らしてはいけないと。

皆、それぞれの外せない事情があって藻掻き苦しみながら下した決断なのに、時を超えてこうも酷い惨劇を巻き起こしてしまうのだろう。

どこで誰が、道を踏み間違えたのだろう。

誰も、悪気なんてないのに、こんな哀しいことってあるか。

漫画やヒーローものみたいに絶対的"悪"がいる訳じゃないのに、それより酷い結果を呼ぶんだ。

眠り姫の囚われる白い檻の扉を開く。

外はからりと晴れていて、どこまでも続きそうな青が美しい冬空だった。

彼女の白い顔が青味がかって見えるのは、きっとそのせいだろう。
 
……お前はいつになったら起きる?

感謝も謝罪も秘密も、ホントの気持ちも、何一つ十分に伝えられてない。

俺は物心ついたときから如月のことが好きで、運命に潰されそうなときに支えてくれて、要は、俺にとっていなくちゃならないから。

絶対、いなくなるなよ。

俺は無意識に如月の手をとった。

細くて、握ればすぐに折れてしまいそうで、だからこそ離すまいと強く握る。

グリム童話の眠り姫は、王子のキスで目覚めるんだったよな。

接吻如きで目覚める、そんな簡単な話だったら今すぐにでも酸素マスクを外して、貪るようにキスしてやる。

それが無理だから、困ってるんだ。

そう言いつつ、彼女の酸素マスクを外してゆっくりと。






唇を重ねた。






温かく、柔らかかった。

でも、彼女はぴくりともしない。

当たり前だ。

なあ、起きろよ。

凸凹だっていい。

如月がいたら、それでいい。

それだけで、生きていけると断言できる。

お前がいないせいで、学年末テストの勉強も捗らないんだよ。

いつもの刺々しい言葉で、冷たく温かい切れ長の瞳で、俺の名前を呼んで。

それで、たまに笑って。

心臓のバグ、止まれ。

願いを込めて、彼女の左胸に触れたとき。

「うあっ……!!」

冬頃から慢性的に続いていた頭痛が、酷く激しいものに変化した。

ハンマーで殴られるどころじゃない。  

剥き出しの脳を捻り潰されているかの如く。

床に倒れ込む。
 
両手で頭を抑えて、猛獣のように唸り、転がる。

もしかして、これはまさか……。

一つの、確信に近い心当りを見つけ、意識を失った。