――父が亡くなったのは、遥斗が生まれてすぐだった。
だから、遥斗は父の顔を知らない。
折角本当の父なのに、一目も、一言も交わせないなんて可哀想だ。
私は父に興味も無かったし、亡くなった原因が過労、というくらい、いつも仕事ばかりだったため、殆ど関わらなかった。
どちらかといえば、私のことを煙たがっていて、それがわかってから私も近づかないようにしていた気がする。
亡くなる数日前だったか。
母と喧嘩していたことが何故か記憶に残っている。
詳しい内容こそ覚えていないものの、「ローン」という言葉が聞こえたから、お金のことで揉めている、という印象を受けたのを覚えている。
遊んでもらったことなど無く、してもらったことと言えば今のローンのように、私や母の教育費、食費、その他生活維持に必要なお金を出してもらったことくらいだ。
こんな私なんかより、遥斗が先に生まれていれば良かったのに。
そうすれば何か違ったかもしれないのに。
母は、悲しむ暇も無く、父の仕事を継いだ、いや、継がなければならなかった。
父はこの病院の院長だった。
父方の祖母はかなり体面を気にする人らしく、母にいつも厳しく接していた。
代々経営してきたこの病院を途切れされまいと、遥斗を生んだ後、元々医療従事者であったため、半ば強引に院長に就任させられたのだ。
遥斗は祖母に育てられたようなものだが、何しろ厳しい祖母のことだ。
私が小学校から下校すると、遥斗が2才頃から机に座らされ、鉛筆を握らされていた。
少しくらい遊ばせてあげたらいいのに、そう言いたかったが祖母の返り討ちが目に見えて小学生だった私は口を閉じた。
やがて祖母は体調を崩し、実家で安静にすることになり、結果的にほぼ私と遥斗の2人暮らしになった。
……いや、遥斗はしばしば1人だった。
持病で、私が入退院を繰り返していたからだ。
とはいえ、短い期間ではあるが、遥斗と過ごした日常がある。
遥斗は、頭の良い子だった。
祖母の教育もあるのだろうが、地頭の良さをひしひしと感じている。
母の愛情をまともに受けたことが無いためか、かなり精神的に大人になってしまった。
だからこそ、少し子供っぽくも明るい千稲ちゃんに惹かれたのだろう。



