「反応薄っ」
遥斗のボヤきをスルー、淡々と質問を重ねる。
「その人の浮気相手になってるってこと?」
「まあ、そうだけど……確実じゃないから黙っとけよ。ただそういう可能性が高いってだけだ」
遥斗が小さな人差し指を、きれいな動きで薄い唇に当てた。
「俺が夜中、トイレに立ったらたまたま聞こえたんだよ。母さんが誰かと何か話しているのが。しかも相手の声は男の声だった」
「でもさぁ、それだけじゃ、」
「お口チャック!人の話最後まで聞けよ」
はい、と返事をし、面倒だから今度は中断させまいと自分の唇を引き結んだ。
「で、その部屋の壁が薄かったから単語とか、短文だけは何個か聞き取れたんだ」
私は聞こえてくるであろう単語を予想し、指折り数えてみる。
「秘密、愛してる、バレてない、謝る、会いたい」
粘りつき、濁ったこの世界を普通の小学3年生なら受け止められないだろう。
だが遥斗は受け止めた。
かつ、冷静に分析し、私に伝えようとしてくれている。
やはり、私とは違う。
根本から違う。
「あ、あと、"くろーん"っていう言葉言ってたけど、これ何のことかわかる?」
「知らない」
「ならいいや。聞き間違いかな。不思議だったのは最後にすすり泣くような泣き声が聞こえたこと。立ち上がる音がしたから慌ててトイレに隠れてやり過ごした、以上」
「ふうん……」
「ふうん、って。天藍姉、真面目に考えてる?」
遥斗が言葉に怒気を含ませ、大きな瞳を歪ませる。
「だって……別に、勝手にどうぞ、って感じなんだもん」
「おい、何でそんな言い方するんだよ。実の母親だろ?」
言葉がつかえた。
「……まだ確定じゃないんでしょ」
「その可能性が高いから、突き止めようって言ってんだよ」
「突き止めてどうするつもり?」
「やめさせる」
はっきりと言い切った遥斗の熱を暑苦しく思い、ため息をついた。
「無理無理。諦めなさい」
「人の道を外れかけている自分の親は止めなきゃダメだと思う。俺、もうちょっとはっきりさせてくるから、天藍姉も観察よろしく」
「え……」
ドン、とドアを閉める音で、遥斗をかなり怒らせてしまったことに気付いた。
……今まで、こんなに怒ったことないのに。



