丁度レイという人が電話に出たようだ。
高田さんがその人と一言二言交わすと、スマートフォンを耳から離し、机の上に置いた。
スピーカーフォンにしてくれたようであるが、琥珀と天藍ちゃんとの会話が入らないかと危惧して焦る。
「こんばんは。麗華と仲良くしてくれて、ありがとうございます。それで、私に聞きたいこととは何ですか?できればお名前も頂戴したいのですが」
抑揚の無い平坦な声が既視感を引っ張り出し、 心臓が鋭い爪にぎゅっと摑まれた感覚がした。
「如月、家に帰るってよ。黙って出てくなって怒られた」
琥珀の耳打ちも素通りする。
どくどくと早鐘を打つ拍動を落ち着けようと息を吸うと、しゃっくりをしたようにひくっと喉がなる。
「こんばんは、俺……」
まるで何も問題が無かったように電話越しの相手に話しかけた琥珀に目を疑う。
いつの間に天藍ちゃんとの通話を終えたのか、というのもそうだが、それよりも、気づいていないのか?
僕は早急に琥珀の腕を掴み口パクで、ミ、ズ、キ、という形を作った。
この特徴的な声色は間違いない。
それに今となっては、レイという名前も天藍ちゃんから聞いたことがある。
彼は、水樹レイだ。
琥珀は僕のメッセージに気付いたのか目を開き、紡ごうとしていた言葉を押し留める。
僕は、キ、レ、と口パクした。
電話を切って作戦会議をしたほうがいい。
「どうかしましたか?」
僕はハ、ヤ、ク、と更に口パク。
でも琥珀は眉間に皺を寄せたまま声も出さない。
しびれを切らした僕はスマホの画面に指を伸ばした。
ポン
しかし、あと数ミリというところで手を掴まれ、その主を振り返る。
主は琥珀で、頭を左右に振っていた。
切るなってこと?
「こんばんは。失礼しました、少し電波が悪かったみたいで、よく聞こえなかったんです」
つらつらと出てくる大嘘、だがそれでいて中々現実味の強いことに舌を巻き、高田さんと顔を見合わせた。
「お名前……仰ってましたよね?もう一度お伺いしてもよろしいでしょうか」
うちの家系には嘘が得意な詐欺師気質の血が流れているのかと思ってしまうほど鮮やかな手口だ。
僕はともかく、天藍ちゃんも嘘つくのは上手そうだ。
父と琥珀に似ているから。
「水樹令ですけど……僕そんなこと言ってましたっけ?」
水樹令。
やっぱりそうだ。
「僕には聞こえました」
「はあ……」
水樹さんが正しいですよ、合ってますから。
というか、そもそも水樹さんと高田さんはどのような関係なのだろうか。
僕はスマホのメモアプリを開き、「水樹さんとどんな関係?」と打ち出して高田さんに渡す。
返ってきた返事には、「親戚のお兄ちゃん」とあった。
高田さんの親戚のお兄さんと、櫻子の秘書が同一人物ということか。
では、彼はアメリカの研究所、つまり高田華斗の元で働いたのち、櫻子の秘書に雇われた。
そんな偶然、あるか?
ポン
琥珀のことで何かを任され、近くに配属されたのではないだろうか。
「水樹さんが秘書さんなのは知ってる?」と僕は打つ。
「はい。クローン作成を訴えてやる、と院長に直談判したところ、脅されたそうです。その後、誰かに誘われたとかで秘書業に移ったみたいです」と、高田さん。
成るほど、彼はクローン作成反対派だった訳だ。
では、有益な情報が手に入る確率が更に上がった、と僕は表情筋を緩める。
こちらも向こうも、意志は同じなのだから。



