「チナリ?誰だよそいつ」
……あれ?
頭の良い遥斗のことだから、忘れるということはあまり考えられないし、ぎゅうっと眉根を寄せて不機嫌そうな声からは偽りは感じない。
……どうしたんだろう。
遥斗の紹介のはずなのに。
「覚えてないの?流旗知成さんよ、遥斗が連れてきたんでしょ」
「流旗知成……?」
滅多に見られない遥斗のぽかん、とした表情は間抜けで、珍しく可愛らしいと思えた。
しばらくすると、ぽん、手を叩き、すっきりとした表情に戻る。
「あー、あいつね、るり兄ね」
「るり兄?」
流旗さんと全く繋がらなく、ついに遥斗が壊れたか、と疑った。
「あ、うん。流旗知成の頭と尾を取って、るり兄」
「変わったあだ名ね」
「でしょ?」
理由は分からないが、ニヤリ、と妖艶に笑うその姿は、大人の女のように見えた。
「今日は千稲ちゃん、来てないの?」
「あー……うん。天藍姉に言っておきたいことがあってさ」
「……?」
色白の肌に、薄い茶髪の揺れる影。
色素が薄く、ぱっちり二重の透き通るような瞳には睫毛が被さり、水晶のように、哀しい潤み方をしている。
この造形のように美しい顔、そして大人っぽい性格にどれだけの女子が泣いたことだろうか。
幼いとき、遥斗を連れて散歩をしていたら芸能事務所に入らないか、なんて勧誘もあったし、通りすがりの人々は大抵二度見した。
バレンタインデーでは、学校の大半の女子からチョコを貰ってきて、ホワイトデーのお返しに困り、ついには母に怒られた。
遥斗自身は何とも思っていないらしく、目立つのは嫌だとか、チョコが多すぎて鼻血が出たり、周りの男子に妬まれたりするから面倒だとか、しょっちゅう愚痴をこぼしている。
皮肉にもバレンタインデーは彼の誕生日でもあるため、心理的な壁が低くなるのかプレゼントも兼ねたものが多く、その量は倍増する訳だ。
……全く、罪な男である。
なんてことは今関係無くて。
今私は自分の名誉が左右される狭間にいるから、遥斗の話を聞いている時間など無い。
「遥斗、悪いんだけど私今忙し」
「なんかさ、母さん、新しい人見つけたみたいなんだ」
「……へえ、良かったじゃん」
食い気味に言われたが、父がいなくなり、かなり大変そうだった母を思うと必然の出来事だと思う。
「だけどさ、それが普通に再婚とかならいいけど……どうやら向こうの人は既婚者みたいなんだ」
発された音の意味を3秒ほどして理解する。
「へえ……」



