「失礼だなぁ。僕だってそのくらい気づ……」
あ……。
背筋が舐め上げられたようにゾクリとした。
僕の記憶が改変されていないか、慎重に、何度も脳内でそのシーンを再生する。
「どうかしましたか?」
「あのね……。天藍ちゃんが車に轢かれたとき、あったじゃん?」
「おい、瑠璃」
琥珀の咎めるような言葉はきっと、僕の言い方のことを指摘しているのだろうが、今はどうか許してもらいたい。
「あのときね……ちょっと危険だったけど、僕が天藍ちゃんを病院まで運ぼうとしたんだ。もちろん猛反対を受けたけどね」
そう、それで、僕が無理矢理押し通そうとして……。
「猛反対してたのが、君のお母さんの秘書、水樹さん。したらね、あの人……僕のこと、「橘さん」って言ってたんだ」
「別に普通じゃないですか。何も変なところなんて……」
そこまで言って、彼女はっとしたように僕と意識的に視線を交わす。
「おかしいよね。だってあのときの僕は流旗知成で通してる。水樹さんにだってそう紹介した筈」
天藍ちゃんは四方八方に飛ばしていた棘を飲み込むように静かになり、床に視線を落とした。
「そういえば、あの人、医学知識もあったな。瑠璃と張るくらい。いや、それ以上かも」
琥珀が考え込むように呟く。
「水樹さんは瑠璃さんの正体を知っていたってこと?」
「琥珀とセットだと思うよ。医療に詳しいってことは、琥珀のことを知っていて、その流れで僕も、っていうのが一番可能性が高いから」
天藍ちゃんが片手で頭を抑え、いた、と呟きながら顔を顰めた。
その表情が和らぐ兆しはない。
もしかして……。
「偏頭痛持ち?」
「あ、そうです。でも頭痛薬とか飲んだことなくて」
無理矢理笑った顔は確かに顔色が悪く、辛そうである。
「あー、遺伝だなぁ。僕も父も琥珀も偏頭痛持ちだよ」
「今その話、いいだろ」
呆れたような琥珀の突っ込みが、秋の涼やかな風と共に沈黙を運んでくる。
「つまりは、水樹はクローン作成に関わっていたのかもしれないってことだろ?」
僕と天藍ちゃんが明言を避けに避けきった言葉だった。
もう何が何だか僕の頭では整理が追いつかない。



