「いいの?」
「悪かったって、こうするしかねぇもん」
琥珀のがそう言うなら、とは思うが、もし僕に天藍ちゃんからの猛反発がきたのなら、僕はそれを止められる自信は無い。
陸上部で培ったこの脚力で逃げ回ることはおそらく可能だが。
「だから、高田に交渉に行くときも、xを誘き出すときも如月は連れて行かない。確かめたいこともあるしな」
ということは、天藍ちゃん抜きじゃないと確かめられない事柄なのだろう。
「ん……うぅ」
譫言のようなボソボソした声が聞こえてきて、僕と琥珀は顔を見合わせる。
目、覚めるの早くね?
琥珀が視線でそう訴えてくるが、これはどうしようも無いだろう。
何か取り留めの無い話で、天藍ちゃんの記憶があるときと繋がっている話をしないと……。
「あれ……ここ、橘くんの家……?私、麗華の家にいた……?あれ……?」
僕は机の下で思いっきりガッツポーズ。
よし、この家に来てからの記憶が消えている。
今の内に何か話を繋いで完全にその記憶を消去すれば話が円滑に進む。
「おはよう、天藍ちゃん」
「あ……瑠璃さん。ごめんなさい、私、寝ちゃってたみたいで……」
「気にすることないよ」
むしろgood job。
「えと……何の話をしてたんでしたっけ?」
「あー、と、名前の話だよ。僕らの」
高田や誘き出すなどxに関する単語を口にすれば、彼女ほどの脳があればすぐに記憶を取り戻す可能性がある。
少し遠いところで、かつ辛うじて記憶のあるときの話と似ている話をすれば、彼女も気づかない筈だ。
「名前……?そういえば麗華……」
「っ!」
今僕が彼女の脳内を推察する限り、麗華=テーナの和名というところまで辿り着いている。
高田さんの名前が出てくるのは非常にまずい、なぜなら天藍ちゃんは高田さんのことを思って激高したのだから。
なんとか意識を引き剥がさないと。
「僕が流旗知成時代に、天藍ちゃんに正体見抜かれそうになったときは焦ったよ。まさか名前で院内の検索かけるとは思わないからね。でもさ、僕今になって思うのは、天藍ちゃんが、あのとき琥珀のことを嫌ってなかったら多分アナグラムにも気づいてたんじゃないかって」



