「あぁ、なるほど。でもそれじゃ長すぎない?」
「厳重なファイルだったらそんくらいしてもおかしくはねぇよ。スーパーコンピュータ富岳とかがありゃ、3桁や4桁のパスワード、半日もかからず解けるだろ」
「え、そうなんだ」
琥珀の知識の広さ、そしてそれの深さが専門家並であることに改めて感嘆する。
一体何をして生きていればそんなに知識がつくのだろうか、とむしろ呆れかけて、思い直す。
彼は身も削がれる程の怒りで作られた空虚を埋めるために、様々な分野に手を出して知識をつけたのかもしれない、と。
我武者羅に、小さな体に収まりきらない感情をやり過ごすために。
「知らないけどな」
「適当言ってんだ」
天藍ちゃんは僕達の会話が聞こえているのか聞こえていないのか、黙々と紙を分別する作業を続けている。
水を差すのも悪いので、僕らの会話に巻き込むのはやめておいた。
「じゃさ、テーナってのが何の鉱石か調べて、パスワード入力してみる?」
「そうだな」
膨大なデータが交錯している、情報の城とも言えるスマホで検索しても出てこないのならば、相当マニアックなものなのだろう。
図書館に行ったり、何なら直接専門家に打診してもらうのが早いかもしれない。
「……珊瑚ってさぁ、宝石珊瑚と造礁珊瑚の2種類あるじゃん。だからさ、親父はさ、クローンが作られると確信したときに、いずれ家族の繋がりが絶たれるかもしれないことを予想して、僕等に宝石の名前をつけたんじゃないかな。また、出会えるようにって、祈りをこめて」
珊瑚はコーラルと呼ぶこともあり、不透明の赤色をした宝石である。
この、珊瑚色から血は生命力と考えられていて、災厄から身を守ってくれる、なんて言われていたらしい。
かの十字軍も珊瑚を身に着けて戦場に向かっとか。
「薄い繋がりだな」
「そうじゃないとバレてしまうと思ったんだよ、きっと。僕だったら多分全員の名前アナグラムにしてたな〜」
「お前好きだな、それ。だからすぐ変装もバレるんだよ」
「いやー、結構うまかったと自負してるんだけどな〜。金髪似合ってたっしょ?性格も微妙に変えたつもりなんだけど」
「みたいだな。優しいとか言われてたぜ」
「僕、今も優しいでしょ?」
「どうだか」
そうは言うけど、ずっと琥珀のほうが優しくて、繊細だ。
それを昔は周囲が怯んで入り込めないように壁をつくり、必死に隠していたが最近は少しずつ曝け出している。
本当に、良かったと心の底から思った。
親父みたいな運命は、僕らが背負わせないから。



