「珊瑚!!」

顔面蒼白とし、無様な位に息を切らして駆けつけたのは櫻子だった。

力無く横たわる男性、橘珊瑚――私の実父、らしい。

彼が先程、亡くなった。

自殺だった。

でも橘珊瑚は、不謹慎だがどこか心地よさげに眠っているので、まだ生きているのではないかと疑ってしまう。

きっと、この世という悪魔の巣窟から解放されたのだろう。

彼という人間には、この世界は合わず、厳しすぎた。

ほら、だから言っただろう?

命は平等なんかじゃないのだ。

彼についたオプションはあまりにも重く、惨く彼をがんじらめにして、ひねり潰しただろう。

もし、彼の身に何のオプションも無く、平穏に過ごしていたとすれば、私はどうなっていただろう。

家族5人……いや、4人でそれなりに幸せな日々を送っていただろうか。

彼が父だと突然告げられても、そしてその父が死にゆく姿を目の当たりにして、愛していると言われても、まだ事実だと認識できない私は、薄情者なのだろうか。

「……死因は?」

嘔吐く彼女の耳元で、以前は大ぶりのイヤリングが揺れていたが、今は控えめな丸く小さめなピアスになっている。

化粧も薄くなったのか、涙の筋に沿って色づくマスカラも見られない。

「重度の低血糖症です」

瑠璃さんの喉を握られたような声が、暗く冷たい霊安室に木霊する。

私は、彼を、お兄ちゃん、と呼べる気がしなかった。

「……何で?」

「インシュリンの薬を服用して、それで……」

「そう……つまり」

嗚咽を飲み込むようにごくりと喉を鳴らした音が生々しく場を振動する。

「……君たちは、知ったのね?」

何が、かなんてわかりきっている。

濡れた赤い瞳が私を捉えたので小さく首を横に振った。

「ホント馬鹿ね、珊瑚は……あんたは、愛子の分まで生きてさ、子供達が飛び立つまで、見届けなきゃいけなかったでしょ……自己中なんだから……」
 
女の、独り言のように静かで、それでいて重苦しい嘆きが、蓋をしていた悲しみをこじ開けて霊安室中を旋回した。