「……何ですか」

「いんや別に。僕救急箱取ってくるから、天藍ちゃん先風呂入んなよ。今沸かしたばっかだから」

私はお言葉に甘えて一番風呂を頂き、へばりついた緊張と疲れを、シャワーで脳天から叩きつけるように洗い流した。

体の至るところに染みて痛かった。

服は、私が風呂に入っている間に用意してくれたのであろう、スウェットが置かれていた。

ブカブカで、橘くんの、いや、ジャスミンの甘くて優しい匂いがして、ドキリとする。

「お風呂、上がりました……あ、服……ありがとう」

「気にすんな。デカくてすまん」

風呂場からいつもの畳の部屋へ足を運ぶと、瑠璃さんがどうも浮かない顔つきをしていた。

今日の出来事の全容を聞いたのだろう。

「如月、こっち来い」

私は憂いがかったその艶やかな声にドキッとし、そのまま操られるように橘くんの前へ腰を下ろした。

大きく固い手が、傷を負ったのと逆側の頬を包む。

「染みるだろうけど、我慢しろよ」

表情は、一切変わらずだが瞳の中で涙にも近い哀しみと傷が瞬いた。

彼は、優しい為に弱く、傷つきやすく、そして脆い。

外見からは想像もできない。

だからこそ、冷たく、そしてスマートに振る舞って、黒を演じて虚勢を張らないと、他人の悪意に呑まれるのだろう。

人と関わらないようにしたのは、無駄に傷つかない為、そして人が傷つくのを見ない為。

そうして彼は確固たる帳を作り、潰れないように必死に藻掻いてきたのだろう。

「痛っ。染みた、ねぇ、染みるんだけど」

「そう言ったろ」

まるでガラス細工のような人間だ。

とても綺麗で、それでいて硬くて強そうで、でも少しでも強く当たれば割れてしまって。

でもそんな柔ささえ、尊いと思う。

私はそれを持つことができないから。

そして、それに救われたから。

橘くんが、ペタリと何かを貼り付け、そこに念を押すようにさらりと触れて治療は終わった。  

「ありがと」

「……お前風邪引くぞ?こっちにドライヤー持ってきてやっから髪乾かせ」

橘くんが部屋を出て、足音が消えたとき、瑠璃さんが徐に口を開いた。

「実はね、遥斗に天藍ちゃんを花火大会に連れだせって頼まれてたんだ、僕」

その告白に衝撃は受けなかった。

やっぱりか、という呆れと、一握りの感謝でふっ、と吐息を零した。