いつも凛としている彼女が、ぼうっとしているなんて珍しい、奇異とさえ思った。
原因はすぐにわかった。
彼女の曇った瞳が追う先は、机。
教科書や参考書の類で一番下に敷かれていたが、あの安っぽい特徴的なフォントは花火大会のチラシで間違いない。
彼女の体調のことを考えれば、毎年この時期に体調を崩し、入院し、花火大会に行ったことがないのかもしれない、という予想をたてることができる。
さらに、遠い昔、彼女と出会った大切な日は、花火大会の日だった。
病院着だったこと、白衣の人物に連れて行かれた彼女の恨めしそうな顔などをみれば、病院を抜け出してきたのだろう、ということは容易に考えられた。
恐らく、母親が院長だからよく監視されていたのだろう。
でも……俺から誘うなんて、恥ずかしくて到底できなかった。
人と関わることがなかったから誘い方がわからないとか、俺の推理が違うかもしれないとか、色々御託を並べた。
だけど、きっと、本当は。
断られるのが怖いんだろう。
彼女のことを想っているから、大切に想っているから。
だから、その気持ちを傷つけられたくなくて。
怯えているだけなのだ。
俺は、生きている以上、誰かを愛することは許されない。
結ばれることは、同時に不幸を呼ぶことと直結するからだ。
瑠璃のことはもう諦めた。
あのような人格の人を、愛さぬことなどできないだろう。
身内で、同性ということが不幸中の幸いだが、彼にも辛い思いをさせている。
だけど俺は……想ってしまった。
彼女とどうこうなろうとは思わない。
ただ、彼女には恩がある。
恩返しはしなければならない。
それなのに……何が傷つけられたくない、だ馬鹿。
そう思った。
まあ結局アポなしにはなってしまったが。
やっと、手を差し伸べることができた。
その手を彼女は払わずに取ってくれた。
強くも優しくもない、ただ冷たいだけの、虚勢を張った臆病者の精一杯の勇気を。
走りながら、彼女の華奢な体を強く抱きしめる。
シックで大人っぽい浴衣が彼女によく似合い、顔も出ていることから更に美しかった。
大人っぽすぎる地を、金糸雀色の帯がアクセントとなり、抑え、近寄りがたい雰囲気を和らげている。
とても、似合っている。
彼女の細い腕が俺の首筋に回った。
ドキッとして走りを緩めた。
……やめろ、勘違いするだろうが。
一瞬でも浮かんだ邪な考えを断ち切り、時折見せる彼女の無邪気な笑顔を守りたいと願い、走った。



