「……二階、よ?」
「行くぞ」
彼は窓を乱暴にスライドさせ、窓枠に足を引っ掛けると……。
「きゃぁぁぁぁああ!」
体の内部のみが抜けていくような感覚があり、きっと重力に引き寄せられているのだろう、と思った。
絶対するとは考えていたが、病人故、口出しができなかったのだ。
兄弟して運動馬鹿なのか。
ドン!
「うっ!」
地に着陸した振動が鞭で打たれたような衝撃と錯覚させる程だった。
断じて、鞭で打たれたことはない。
「このくらいでうるせぇよ」
彼はきっと、普通に上から見下ろしているのだろうが、目の形が形なもので、睨まれているように見えてしまう。
トリックアートみたいだ、と思った。
「悪かったわね。私は破天荒じゃないから、二階から飛び降りることなんてしたことなかったのよ」
反射的に、私も今日は表に出てより切れ味のました、目の形を利用し、睨み返したがこの体勢では格好がつかず、橘くんにはふっ、と笑われた。
それにすらドキリとしてしまう私は、いよいよ終わりが近いのか。
「走るからな」
振動で歩調が伝わってくる。
肩と膝と、右半身が温かい。
上下する白い喉仏。
上から小刻みに降ってくる吐息。
私は何を言えばいいのかわからなくて、橘くんから視線を外し、空を見上げた。
夏にしては珍しく感じる、雲一つない、澄んだ黒。
その上に白い光が点でばら撒かれていた。
そしてその周辺は、藍色のような色でグラデーションになっていた。
「……灰色にはならないのね」
「え?」
「なんでもないわ」
私はするりと彼の固く太い首に手を回した。
歩調が一瞬遅くなり、また普通の速さに戻る。
トクトクという速い音は、歩みの音か、私の鼓動か、それとも彼の鼓動か。
「ねぇ」
喉から流れ出した声は甘く温柔で、自分自身を1番驚かした。
「何」
「遥斗から何か言われた?」
「はぁ?何もねぇけど。俺に伝えることでもあったか」
「ううん。それだけよ」
……やっぱり、そうなのね。
自然と頬が緩む。
私は彼にバレないよう、うつむき加減になった。
……よかった。
やっぱり、彼は冷たいのに、信じられないくらい温かくて、優しい。
その優しさに、今だけ酔わせて。



