瑠璃さんは寂しそうな表情をして、部活あるから、と言って帰った。

なんとか誤魔化せたのだろうか。

心臓の鼓動が大きすぎて、冷静な判断が下せない。

橘くんは窓の外の陽光が当たり、明るい緑の葉を見つめているだけで微動だにしない。

「なあ」 

唐突に、虚ろな声を鼓膜が捉え、びくりと一人で跳ねた。

「な、何?」

「如月って、瑠璃のこと好きなの」

「まあ嫌いではな……」

え。  

好き?

「そうじゃねーよ。"男"として好きなのかってんだ。そういうとこ鈍い」

橘くんは体ごと私に向けてそう聞いた。

陽が蜂蜜のようにとろりと彼の黒髪に滴り、黄金色に艶めく。

引き結んだ唇の形は崩れず、整った眉はいつもより強く眉間に引きつけられ、より不機嫌そうに、苦しそうに、また、我慢しているように見えた。
 
逆光で顔が暗かったが、耳は赤く、瞳からは強く、清白な光が真っ直ぐに発せられ、私を見据えている。

それに捉えられ、視線を逸し、逃げることはできないような、そんな圧があった。

「その……瑠璃さんは、恋愛対象とかじゃなくって。あの、天使みたいで、悪魔みたいで、たまに子供で、ときに大人で、すごく賢くて、すごく馬鹿で。そんな二面性が人間として物凄く魅力的で、優しくて。それで、人間として……好き、よ」

だからね。

橘くんが聞いた種の、"好き"を、持つ相手は――。

そんなことを思った瞬間、橘くんと目が合い、俯いてかあっと赤くなる。

「ふぅん」

「なっ……!」

橘くんの淡白な反応に、思わず声を上げる。

橘くんが真剣な雰囲気を出すから、私はあんなに濃厚に回答したのに、これでは私だけが舞い上がっている阿呆のようではないか。

恥ずかしい。

顔の熱が更に増す。

「何よ、マジな感じで聞いておきながら、その反応。私、真剣に答えちゃって馬鹿みたいじゃない。私だけ恥ずかしい思いして」

また、こんな言い方。

どうして、と悔しさと悲しさと、やるせなさで涙が出てきそうになった。

「……俺だって、恥ずいんだよ」

「……え?」

赤い橘くんの表情は、泣きそうにも見えた。

「だからっ、瑠璃のこと恋愛対象じゃないなら何でそんなに仲いいのか、とか、何でそんなにキラキラした顔なのか、とか聞くの恥ずいんだよっ」

「……!」

橘くんは手の甲を唇に押し付け、これまでにないくらい真っ赤な顔で横に視線を落としていた。
 
クールさの崩壊ぶりに、不覚にもキュンとしてしまう。

そして、そのまま私はとんでもないことを口走った。

「橘くんがいるからっ、私はキラキラした表情してるのよっ。何でそんなこともわかんないのよ、馬鹿っ」

「……!」

私は頭が爆発したかのような熱を保持し、口を両手で塞ぐ。

血管という血管がうねっているような気がした。

「……俺、もう持たん。帰る」

「なぁっ!?」
 
こんなに恥ずかしかったのに、馬鹿。

火照った頬を両手で包み、胸が痛い程の鼓動を感じていた。