「俺帰る」
橘くんが眉根を寄せ、遥斗の手を振払おうとすし、遥斗はそれに対抗するように、声を張り上げた。
「待てよ、琥珀兄。天藍姉に言いたいことあったんだろ、逃げんな」
不機嫌オーラを隠そうともしない橘くんに、その発言は大丈夫なのか、と心配になる。
……帰らせてあげて。
「そうだよ、逃げるなんて男らしくないっ!」
……千稲ちゃん!?
衝撃の発言に私のほうが撃ち抜かれ、グラグラ、と脳が揺れて意識が飛びそうだ。
火に油を注いだに違いない。
「このガキっ……!」
案の定、怒りの籠もった声が遥斗と千稲ちゃんに向けられた。
……ど、どうすれば。
撃ち抜かれたときの衝撃による振動が抜けないまま、私は言っていた。
「私も橘くんに言いたいことあるからっ」
……無い。
有るには有るけれども。
話したくないんだもの、私の馬鹿!
もっとマシな言い訳、あったでしょう?
だけど、あのままだと、橘くんは爆発して、あの二人を泣かせかねない。
私だと恐らく泣くので、仕方が無い。
「えっと……だからっ、す、少しだけゆっくり、して、いかない?」
引きつった笑みは偽ったものだとバレバレだ。
その証拠に、橘くんにキッ、ときつく睨みつけられ、慌てて目を細め、口角を上げた。
お願いだから、これで丸く収まって欲しい。
「お前、演技下手くそ過ぎ。そんなんに俺が騙されるとでも思ったか。俺はお前に言いたいことなんてねーし、お前の言うことも聞く気、ねーから」
遥斗にとって予想外だったのか、あっさりと手を振払われる。
遥斗が呆気なく飛んでいきそうで心配だったが、しっかり床に足はついているので大丈夫そうだ。
「なっ……!おい」
「お兄ちゃんちょっと待っ……!」
ピシャリ
弾けるような音が空気を凍りつけた。
苦いものを食べたときのように、後味が悪く、しつこく残っていた。
……空気最悪。
「ったく、琥珀兄のやつ」
遥斗の拗ねたような呟きが更に空気に重さをもたらし、それが酸素を吸っているかのように息が苦しいように感じた。



