ここに入るのは何年ぶりだろう。

記憶はすっかり薄れているのか、初めて足を踏み入れたような気さえする。

部屋は整頓され、奇しくも侵入者にとって目当ての資料が見つけやすい構造になっていた。

本棚にきれいに整列しているファイルなどの背をなぞっていると、またまた好都合なことに、「連絡先」と書かれたノートを見つけた。

ラッキーと思いながらそれを開く。

流石医者だけあって、人の名前がずらりと並んでいる。

途中から筆跡が丸っこくなっていることから、これは父の代からのものなのだと気づいた。

「高田」という文字が目に入り、ズキンと心臓が反応し、思わず手を止めた。

高田……?
 
猫のような瞳が私を見ているような気がして、背筋がぞくりとした。

……高田華斗

所属は高田総合病院となっている。

はなと、と読むのか。

高田麗華。

高田など、ありふれた苗字だ、そんなはずはない。

仮に知り合いだったとしても、何も変わらない。

そう言い聞かせるも、手に粘つく汗ができたことは誤魔化せなかった。

嫌な鼓動を繰り返す心臓を落ち着かせるために深呼吸をし、ページをめくる。

心臓は落ち着かなかった。

破裂しそうに痛い。

「橘」

その文字が見え、ノートに顔を押し付けんばかりに可愛らしいボールペン字を目で撫でる。

「タチバナコアイ……ですって?」

橘恋藍。

この人ってもしかして。

太陽のような笑顔が脳裏を過る。

お父様じゃない。
 
上った熱がゆるゆると下がっていくように、胸に溜まった空気を吐き出した。

一気に緊張が解け、また、希望が陥落し、失意が上ってきてノートを乱暴に閉じた。

……?

漠然とした違和感。

ノートを下から見てみると、明らかに開ききっているページがあり、そこを開いてみる。

橘恋藍の連絡先のあるページだった。

家電の番号も記され、もう一人の橘姓の名前を人差し指でなぞる。

開ききっているということは、ここはよく使用されたページだということ。

同じ苗字の他人かもしれない。

でも、これは、もしかして――。

走馬灯のように、沢山の人の顔が過る。