僕が生まれたときは、きっと、僕は普通の存在だった。

普通に愛され、普通に育てられた。

母の顔は思い出せないが、きっと愛してくれていたはず。

それが狂ったのは、琥珀が生まれ、母が死んだときだった。  

皆が目の色を変え、琥珀は展示動物のように、また、実験動物のように扱われ、汚れた好奇心の的になっていた。

僕は愛されなくなった。

橘家に必要なのは琥珀のみ。

運動も勉強も優秀。

僕よりも、遥かに。

「琥珀くんはすごいわね」
 
「お兄さんは普通の子なんだ」

何とか僕も愛されようと、手を尽くした。

怜悧高校医学科に首席で受かっても、テストで1位を取り続けても、生徒会長になっても。

褒められることはなかった。

僕という存在が無視されているようだった。

琥珀は、そこそこの学校に入学し、そこそこの勉強で学年1位を取り、特にやる気も感じられないのに、生徒会長は確実だと噂される。

僕は、琥珀に近付こうとして、琥珀はどんどん遠ざかっていく。

橘瑠璃も消えていく。

僕の努力の意義が、わからなくなった。

もう、優秀さでは愛されてもらえないと思った。

だから、髪を染めたふりをした。

だから、自分の性格には合わないけど、派手さのあるグループに入った。

だから、夜遊びをした。

それでも、咎められることはなかった。

むしろ、以前より周りから敬遠され、腫れ物を扱うようにされた。

「琥珀くんは優秀なのに……なんで瑠璃くんはこんなことに」

僕だって琥珀と同じくらいの成績を残してる。

「tsー2……おっと、琥珀くんだっけ。あの子はすごいよ。あれ?お兄さんもいたんだ……ところで、tsー1は……?」

いるよ。ずっと。

どうして。

嫉妬なんて生ぬるいものじゃなかった。

もっと禍々しく、どろどろに濁っていて、絡みつくような感情が僕の中にいた。

1番辛く、苦しい思いをしてきたのは琥珀なのに、僕はそう思えない。

そう思えない自分が、嫌いだ。

人間の心を持っていない研究者たちに、僕の人間の心は打ち砕かれたのだ。

流旗知成でいるときがとても楽だった。

琥珀の兄でいること、橘珊瑚の息子でいることのプレッシャー、学年1位、生徒会長という重荷、なにより橘瑠璃という殻から抜け出せたことに快楽を感じた。

比較されることもない。

無視されることもない。

自由だった。

きっと愛されていた。
 
だけど、その虚像はいつまでも形を保たなかった。

今日、僕の中に潜んでいた悪魔が、顔を出した。

……いや、引きずり出された。

久しぶりに家に帰ってきたかと思えば、第一声はこれだった。

「琥珀はどこだ」

ただいま、でもなく。

久しぶり、でもなく。 

元気にしてたか、でもなく。

ガラス玉のような目で見下ろしてきた。

僕は叫んだ。  

「僕は何なんだよ!!」