やべぇ、入るに入れねぇ。

不の感情が渦巻き、衝突しているさまが朽ちかけているドアの隙間から耳に流れた。

あいつがイジメられているのは知っていた。

でも俺は……追い詰められて助けを求めた奴が、伸ばしてきた手を……振り払った。

追いつめた原因は俺にあるのに、自分の弱い部分を鋭く突かれて、その傷を怒りでしか隠せなくて。

善意がねじ曲がった悪意に呑まれていくあいつを、ただ、見つめていた。  

弱い部分を守ってくれるという親切な約束を利用し、自分の憂さ晴らしをしているようにしか見えないクズ共を心の底から軽蔑する。

……俺も、同レベルだけどな。

ドアにかける手が震えそうになり、ぐっと握りしめた。

"知られてしまった"以上、俺は、高田に逆らえない。

いずれ、如月にも知られることだが。

アイツが余計なことを言わなければ。

今更蒸し返したって意味がない。

アイツは協力者の一人でもあるしな……。

……ねぇ、橘くんって――の?

気遣わしげにこちらを下から見る大きな水晶体には、そのような感情は一切なく、新しい玩具を見つけた子供のように爛々と輝いていた。

俺は、頭を鈍器で殴られたような感覚に陥っていた。

なぜ、お前が知っている。

レイくん……親戚のお兄ちゃんがね、ポロッと漏らしたの。

そのときの高田の微笑みは、まだ優しく、温かかった。

絶対、バレたくないんでしょ?そんな顔してる。それに、人と関わろうとしないもんね。黙っててあげるし、助けてあげる。

俺は、急に襲ってきた優しさに溺れ、その真意を図ろうとせずに礼を言った。

ここからの選択を、俺は誤った。

なあ、もう一つお願いがあるんだけど。

なあに?

如月だけは――。

ふうん。いいわ。その代わり、私が何をしても口出ししないこと。いいわね?

高田の顔から、優しさが消えた。

その数日後、高田が如月が捨て子だということをネタにしてイジメ始めたのだ。

俺は、約束が違うと問い詰めた。

でも……。

「じゃあ琥珀の秘密、暴露してもいいのかな?」

そう言われてしまえば、俺は逆らえない。

かといって、如月を見捨てるのか?

俺を救ってくれた奴を。  

――間違っててもいいから、自分を持っていて。君を必要としている人は、すぐ側にいるから。

……本当にそうなのか?

俺は必要とされてるのか?

そんな人は側にいるのか?

俺は……自分を持てているのか?

なあ、教えてくれよ。

あの頃の君に戻って――。