「あんたさぁ、最近琥珀ん家に入り浸ってんだって?」

そのとき、橘くんはいなかった。

私より20センチは高いであろうその身長は、人を睨みつけるときに効果が抜群なのである。

掴まれた腕には血で汚れたような真っ赤で鋭いネイルチップが刺さっていた。

全く、そんな情報どこから仕入れたのか、と私は無言でその手の主を見上げる。  

「ねぇ、何とか言いなさいよ」

声に張りが生まれ、クラス中の視線が集まるが、そんなのもう慣れっこである。

今気になることは、このことによって橘くんに近づけなくなり、調査の継続ができなくなるのでは、ということだった。

更に、ぞろぞろと取り巻き達も集まってきた。

この後はもう、想像できよう。

ゴッ、という鈍い音と共に腿に痛みがぶつかった。

息継ぐ暇もなく、下腹部に重い拳をくらい、その衝撃から尻餅をつく。

「マジでさ、何なのあんた」

「本当。BlackPrince様にあんたみたいな汚れた血が流れてる奴は近づけないのよ」

「ねぇ、何か言えば?あ、もしかして立てなくなっちゃって、何も言えないのかな〜?」

クスクスと軽蔑したような笑い、瞳は黒光りし、それは反射すると濁った色に変わっていた。

「証拠も提示してないのに適当なこと言わないでくれる?それに、橘くんはあなた達の恋人でもないでしょ。橘くんが誰と何しようが本人の自由よ」

私の武器である切れ長の目を精一杯鋭利にしたが、相手も慣れっこのようで、これといった効果がなかった。

「あー、やだやだこれだから捨て子って。親がろくでもないから、子供もそれを受け継ぐいで変な性格になるのよね。悪い子にはお仕置き、ね」

嬉々とした表情で安っぽいバケツを持ち上げ、それを私の上でひっくり返した。

あっ、と思ったときには、灰色に濁った液体が頭頂部を叩き、制服にしみていた。

床に流れたそれは、ところどころ埃が浮いているのか若干光っていた。