タチバナルリ、タチバナルリ……。
聞いたことがあるようで、無い名前。
クラスの人ではない、と言い切ったけれど、今になれば自信が無くなってきた。
でも、教科書届けてくれるなんて、そのくらいの人しか……。
……あ、母の知り合いの可能性があった。
それなら、私が知らなくてもおかしくはない。
また聞いてみることにしよう。
コンコン
控えめなノックの音が、私の視線を壁から剥がした。
「どうぞ」
こんな時間に千稲ちゃんが訪ねてきた事はない。
だから、ひょっこりと出てくる顔は、いつもの顔……だと思っていたのに。
「こんにちは、初めまして」
全く見慣れない顔が綻んでいた。
マシュマロのように柔らかく、すぐに溶けて消えそうな頬が桃色に染まっている。
何となく傷んでいるような金髪が不自然に揺れた。
どうやら男の人のようだが、声変わりをしていないところから同い年か、年下かと思われる。
「……誰」
やってしまった、と思った頃には遅く、思わず本音が漏れていた。
だがその人はニコリと優しく笑うだけで、何も咎めない。
「突然すみません。あの、教科書とかあなたに届きませんでしたか?」
「あ……沢山来ました。高校2年生の」
「あー、やっぱり。あの、実はそれ、間違えて送ってしまって……」
その人は照れたように頬を掻いた。
「あ、取ってきます」
そんなことある?と苦笑いしつつ、力を振り絞って重い紙袋をその人に手渡した。
「ありがとうございます!どうも、すみませんでした」
申し訳なさそうに謝り、そのまま私の病室を去った。
……あの教科書、誰に渡すつもりだったんだろう?
お兄ちゃん?
弟?
もしかして、彼女さん?
どうでもいい妄想にふけり、時間をやり過ごす。
贈る相手を間違えるなんて、ある意味すごいよなぁ、と感嘆する。
余程鈍い人なのだろう、周りの人はきっと大変だろう。
でも、中々端正な顔立ちをしていたような……あれだと、親も相当整っているだろう。
私は、よく親に似ていないと言われる。
それもその筈だ、根本から違うのだから。
自分で言うのもだが、私の母は美人だ。
化粧をしなくとも、目が大きく、睫毛は長く、鼻は高い。
子犬みたいな、所謂、可愛い系の美人だ。
きっとそれが遥斗に受け継がれたのだろう。
私は、2人とは大違いの、薄くて、生粋の日本人顔だ。
私は、誰に似たんだろう。
誰が私の花だったんだろう――。



