「えっ、やっぱ和泉くんってあの和泉酒造の四代目!?」
「すっげー! 有名人じゃん! この前テレビ出てたじゃんね!?」
「実物の方がめちゃくちゃイケメンー!」
以前過ごしていた学校で母が教員と口論になったのを機に、別の高校に編入することになった。
当時親身になって話を聞いてくれていた担任がおれの意向に添った部活動を勧めたことがきっかけで、おれはそれについてうんとも頷かずにいつも通り他者に危害が及ばないよう手筈を踏んでいたが、だめだったみたいだ。
次の時には担任は学校を辞任し、言われるがまま気がついたら今の高校で呼吸をしていた。小学生の頃からもう、ずっと。慣れっこのことだ。
「和泉くん、って呼んでいい?」
「もちろん」
「やー! 笑顔爽やか! ねえ、写真撮って!」
みんなの前で笑う姿も、躾尽くされたそれで。
そこにおれの意思はなくて、一人称は外でいつも「僕」で、言葉遣いも笑顔も、寄り添ってるふりをして他人と距離を取っている。
そうさせられた。家族に。
「おかえりなさい青さん、晩ご飯は」
「課題を済ませてからにするよ」
母は国立の名門女子大学を卒業後、既に和泉酒造の三代目として責務を任されていた父と27で結婚した。
ただ不妊の期間が長く34でようやく子どもを授かり、一人息子であるおれを蝶よ花よと囲い育て、和泉酒造の次期跡取りとして教育の一切を管轄する姿は周囲から見ても少し狂気じみていたらしい。事実母はおれが父と話すことすら嫉妬し、常に自分の目の届く所に置き、おれの生活の全てを掌握していた。
生を網羅しないと満足していられない母の上辺だけの笑みが恐ろしかった。家族なのに、彼女がおれを縛り付けようとすればするほど心はどんどんと家族から剥がれ、唯一家から逃げ出せる学校は憩いの場所となっていた。
帰宅すればまた根掘り葉掘り訊かれる。今日何があったのか。成績はどうなのか。友人ですら付き合う相手を選ばされ、和泉酒造の顔に泥を塗らないように笑っているだけでそれ以外は何もするなと言い聞かされていた。
「そうだ、青さん」
「なに」
「今日、いつもより帰宅が1分26秒遅かったわ。心配になるから明日はまっすぐ帰ってきて」
生なんて、地獄みたいなものだ。