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「今月中に出ていくよ。お兄ちゃんは、彼女さんと幸せになって」
昔を思い出しながら、やっと兄を解放してあげられる気がしてホッとした。兄は複雑な表情のまま、照れ隠しもあるのか麦茶をゴクゴクと飲んでいる。
「……光莉はいないのか。恋人とか」
「いないよ」
淀みなく答える。恋人なんていない。誰かに頼ったら、兄のようにしてしまう気がして。
「アイツはどうしたんだよ。いたろ彼氏、大学時代に」
「いないって」
私の表情は険しくなっていく。
「いただろ。彼氏じゃねえってお前は言い張るけど。母さんの通夜に来てた、えっらい色男が。茶髪で喪服の」
ああ、彼のことは思い出したくない。胸が張り裂けそうになる。
「……だから、彼氏じゃないって」
「連絡取ってみろよ。同じ大学だったやつなんだろ? チャラそうに見えたけど、たかが大学生で、付き合ってねえ女の母親の通夜にひとりで来るって相当だぞ。しかも縁のない地方まで」



