「無理ですよ。大企業の跡継ぎになったんですよね? お父さんからしたら結婚してもらいたい年齢だろうし、私なんかがそばにいたらなにを言われるか……」
水樹さんの指を手でよけて、宙に戻す。彼のそばにいてはいけない、なによりも自分にそう言い聞かせた。
彼はポカンとした表情をした後、うっすら笑みを浮かべる。
「ああ、それなら大丈夫。婚約してる女がいるから」
今度はこちらがフリーズした。
「……え?」
「取引先の令嬢らしい。父親が勝手に決めてきた女だ。結婚ならそっちとするから、光莉には迷惑かけない」
なんと言ったらいいのかうまく思い付かなかった。ただ彼の奔放な笑顔からは、おかしなことを言っている自覚はないのだとわかる。彼の狂った言動は、いつも私の予想を越えてくる。
「……水樹さん」
「だから一緒に暮らそう、光莉」
胸が張り裂けそうだ。彼の壊れた歯車はもう正常に動かなくなっている。私は怖いのかな。ううん、違う。彼の気持ちが、手に取るようにわかって悲しいのだ──。
「俺の妹に近づくな」
ハッとしたのは、いつの間にか起き上がっていた兄の声が響いたから。



