「……なんでそうなるんですか」
水樹さんはなにを言っているんだろう。五年前に一緒に暮らしたのは、そうしなきゃならない事情があったからだ。自由になったのならもう理由はない。
「光莉、ここを出ていかなきゃならないんだろう? そこの兄ちゃんがそう言ってた。俺んち来ればいいじゃん。今いいマンションに住んでるぜ、笑っちまうくらい」
「いえ! あの! そういうわけにいかないんで!」
後退りするが彼にソファの端まで追いやられ、逃げ場がなくなった。彼の真っ暗な笑顔が目鼻の先まで近づいてくる。
「なんでだよ。金ならいくらでもある。なにが欲しい? なんでも買ってやる。それとも大学通い直すか?」
「水樹さんっ」
「父親が押し付けてきた金なんだ。もうじゃぶじゃぶ使おうぜ。俺、光莉に貢ぐくらいしか使い道ないし。あ、なんなら持ち逃げして、ふたりで海外に飛ぶ?」
あの目だ。彼は変わらぬ調子で喋っているが、すべて本気だ。見てくれは変わっても、壊れた彼はなにも変わっていない。触れただけで血が出る刃物のようだ。



