ハッピーエンダー




ホテルで三度目の朝を迎え、持っている私服の中で一番かしこまったものに着替えた。今日は最後に、仕事を手放しにいく。

出勤すると挨拶はそこそこに、書類にいくつかサインをし、預かっていた社員証を返却した。手続きは十五分、センター長との雑談は五分。それだけで終わった。

時刻はまだ午前十時。

オフィスを出て、建物の裏へ回り、私は人気(ひとけ)のない通路に入った。寒々とした風の音も途切れ、靴の音が響く。私の靴と、背後からついてくる人の音。

「……お世話になりました。郷田さん」

彼の連絡先は三日前、いち早く着信拒否にしていた。今日最後に顔を合わせることになると覚悟していたのに見当たらないと思ったら、彼は常に背後にいたのだ。

私を塀の壁に押し付け、鼻先をつける。

「なんで連絡がつかなかったんだ! もう少し、もう少し待ってくれ! 妻と離婚するから。考え直してくれ」

必死な彼の姿を、遠い目で見ていた。これが知れれば、奥さんは、私の母みたいになる。それがわかっているのに、私は今までこの関係をやめられなかった。最低の人間だ。