「そんなの教えませんよ。郷田さんには関係ないでしょう」
これからはマンションに帰れば水樹さんが抱きしめてくれる。郷田さんのタバコの匂いに息を止めながら抱かれる必要など、もうないのだ。セックスだってしなくていい。
「……男か?」
水樹さんを思い出してほんの少し緩んだ私の表情を、目ざとい郷田さんは見逃さなかった。向こうが嫉妬心をむき出しにしてきて、自分だって不倫してるくせにと指摘すると、泣きそうな顔で「そんなこと言うなよ」とすがりつくのがお決まりのパターンだ。おそらく、今回もそれを辿る。
「だったらなんですか? 自分だって不倫してるくせに」
彼の顔はみるみるうちに歪んでいき、目じりは下がり、もう一度私を抱き寄せた。首筋に頬擦りをされ、ぞわぞわと背筋に不快感が走る。目を閉じ、じっと耐えていると、
「そんなこと言うなよ……。俺、光莉がいないと、生きていけないよ」
耳もとでそう聞こえ、私はカッと目を見開き、彼を突き飛ばした。
「光莉っ!?」
伸びてくる手を振り切り、印刷室から跳びだして通用口を出た。カッカッとヒールの音を立てながら、オフィスが見えなくなるまで走り続ける。



