大人しく付いていき、真っ暗なままの印刷室の鍵を後ろ手で閉めた彼は、大きなコピー機に私の背がつくまで迫ってきた。
郷田充、四十二歳。七歳になる娘がいる既婚者だ。私の手首を掴む彼の左手には、シルバーの指輪が光っている。
「俺のせいなのか? 俺がいつまでも離婚できなくて、雪永を待たせてたから」
「違いますよ」
顔を背けて少しのけ反った。この人との関係は二年前から。ふとしたときに奥さんとうまくいっていないと相談されて、飲みに誘われ、ホテルに行き、それからずるずると会っていた。
郷田さんは最初から最後まで、私が奥さんと離婚して欲しがっていると勘違いしているが、そんなことをお願いしたことはないし、望んでもいない。むしろ、離婚になったら困る。ちゃんと妻子があってほしい。私をポイ捨てできる人だから、わざわざ応えたのだ。



