哀愁の彼方に

黒砂糖の味は、極楽の味に思えた。それよりも何よりも、節のその心意気に感謝せずには、
いられなかった。市松は、誰がこんなに親切にしてくれようか、節だけだ。
彼の目には節が、神様のように映った。
 ある夜中に繁造は、そのような光景を目にした。繁造が、目にした光景は、残り物で握
った握り飯と黒砂糖の塊が、古い新聞紙の上に置かれていた。
「市松!盗人猫のようなことするな」
「へい!すんません」
「こんなことするの、節やな・・・・」
「いいえ、わてが、勝手に」
繁造は、翌日にそっと、節を呼び寄せて、昨夜のことを主人に告げ口をしない代わりに自
分と関係を持つことを彼女に迫った。当然に節は、応じなかった。繁造は、それ以来節に
は、特に優しく接したがその反面、市松には人一倍、辛くあたったのである。繁造は、主
人の重一に夜中に握り飯や黒砂糖の塊を盗み食いしていることを、告げ口をした。市松は、
そのたびに主人の重一から火箸で殴られたり、飯を食べさせてもらえなかったりの酷いせ
っかんを受けた。節は、その度に市松と一緒に頭を下げて主人に詫びてくれた。
「市どん、こんなことになるんやから、もう、うち、市どんに握り飯、作らへん。」
「節どんの気持ち、うれしいが、その方が、ええねん。」
「市どん、辛いけど、頑張りや。いまにきっと、ええことあるから。」
他の使用人たちは、内心で笑っていた。それは、市松への妬みの嘲笑であった。繁造は、
ざま見ろと言わんばかりの薄笑いを浮かべていた。
 市松は、決して反抗はしなかった。市松は、主人の重一から殴られたときは、一目散に
逃げ帰って、夢中になって節の仕事を手伝った。それは、彼の耐える性格もあったが、反
抗すればするほど、かえって逆効果になることを知っていたからである。
 市松は、反抗もせずによく働いた。ある日、薪割りをしていて斧で足を深く切り込む大
怪我をしてしまった。そのとき節は、初めて市松を殴った。節は、彼の真面目な気持ちに
声を上げて泣いた。山北重一は、
「薪割りひとつできん奴に、飯は食わせられん」
と言ってその日の夕ご飯を食うことを許してくれなかった。市松は、夕食など食べる気持
ちになれないで、苦痛に魘されていた。節はその夜、苦痛とひもじさにうなされて震えて
いる市松の寝床に入って、密かに握っておいた握り飯を彼に食べさせた。市松は、痛みと