哀愁の彼方に

い悲鳴と、ジュッツと言う音に加えて、肉が焦げる異臭が漂った。市松達は、この光景に
震えあがった。地獄の絵図に描かれた世界であった。この光景以後、逃げ出す者は、いな
くなった。市松は、恐ろしさと、上級学校へ行きたいために耐えた。三ヶ月の地獄の日々
が過ぎて市松は、主人である重一の元へ帰ってきた。節は、市松の顔や手の低温焼けどを
目にするや泣き崩れたが、彼が無事に帰って来たことを親身になって喜んだ。市松も久し
ぶりに節の温みに接して、どこからともなく涙が、流れて止まらなかった。節はまず、彼
の低温火傷の手当てに菜種油と唐辛子とうどん粉を混ぜ合わせて、風呂上りの市松の顔や
手や足に毎晩、湿布を塗りつけた。市松は、傷にその湿布が触れると悲鳴をあげたくなり
ほどの痛みを、感じたが、じっと、我慢した。そんな姿を見ていた節は、
「我慢しいや。痛いやろ?・・・・でも、ここを超えたら、楽になるんや。可哀想にな。
市どん、我慢やで。堪忍やで。」
彼は、彼女のこんな気遣いに感謝しながら、黙って首を縦に振って頷いた。彼と彼女のこ
んな夜が、1ケ月も続いていた。
「節どんのお陰で、もう痛みを感じなくなった」
と市松は、つい言葉を出した。
「そうか、そうか、そりゃ、よかった。もう、春やよってな。じきに、元の手に戻るよっ
てな」
いつの間にか、近江路に早春の香りが漂っていた。なによりもそれを実感していたのは、
市松であった。それは、彼のあかぎれや霜焼けは、激痛を発しなくなっていた。彼は1ケ
月間、店の棚卸しのための帳簿整理を終えると、また行商へと出された。
 この年の夏は、例年にないほど蒸し暑い日々が続いた。主人も使用人も、うんざりしき
っていた。誰もかれもが、少しでも涼しいようにと色々考えたが、結局のところ妙案は、
出なかった。男も女も、薄着になることが、最大の方策であった。彼らはもう、裸同然の
ような姿で仕事に精を出していた。若い節などは、はちきれんばかりの肌をさらけ出し、
豊かな胸のふくらみと乳首がすけて見える姿で仕事に励んでいた。丁稚頭の繁造や番頭の
達吉などは、若い女の使用人の姿に生唾を呑んだ。古参の
丁稚である梅吉などは、仕事が手につかない日々を幾度か体験した。そんなとき彼は、よ
からぬ考えをしないことを自分に言い聞かせて、仕事に精を出した。梅吉は、市松と同様