哀愁の彼方に

の野望のために、たくさんの血を流して耐えてきた平民の生きる知恵というのは、表向き
は常に強い方につくことであり、強い者や利益を得る者には、腰を低く、何事にも辛抱を
してその時期を生き延びることであると、市松は思った。
彼には、無理もないことだと思った。彼は、この地域の人々の生きる知恵の凄さに感銘を
受けながらも到底自分には、このような生き方は、無縁であると思った。だから、自分は、
ただ人の良い男であり、だからこそ無能の代名詞に言われるのだと思った。しかし彼は、
それでもなお、自分の生き方でないと、生きていけないことを自覚していた。
 大寒に入って、山尻川の水は、作業をする者の身を切るような冷たさだった。流れは、
優しく、水量も少なくて、染め上げた布を濯ぐために川の中に入るには、最高の時期であ
る。しかし、一度、川の中に入れば、拒絶するかのように鋭い流れの刃物で流れに入る者
の身を切りつけるのである。
 市松の体は、冷たさに麻痺していき終に、感覚すら覚えなくなった。やがて、これまで
の彼の手に出来ていた霜焼けとあかぎれは、崩れて手や足には低音火傷ができたそのあた
りから、化膿して膿を出していた。このような状態で川に入ると激痛は、身体中を貫いて
いった。彼は、何度も力つきてその場に崩れ落ちた。そのたびに彼は、現場監督から頬を
拳で殴られた。彼の身体は、いくら殴られても、殴られている感覚すら感じないほどに、
冷たさで麻痺していた。一日の作業が終わり、夕食の際には、手もかじかんで、何一つ手
に持つことすらできなかった。作業者たちは、いろりを囲みただ、黙って、体を温めるこ
とをした。彼らは、体が温かくなれば、野良犬が食べ物にありついたように食べられるも
のは、何でも食べた。市松も同じであった。
 何人かの作業者は、一週間で夜中に逃げてしまった。それ以後、染物屋の主人は、夜中
になっても逃げられないように見張りを付けた。何日かは、何の騒動もなく平穏な夜が続
いた。しかし、たまりかねた者は、それでも見張り役の目を盗んで逃げ出したが、すぐに
捕らえられた。逃げ出した者は、連れ戻されて見せしめのために創造もつかない仕打ちを
受けた。逃げ出した者は、市松達の前で真っ赤に焼けた火箸を腕に押し付けられた。激し