「いや、節どんは、凄く頭がいから、一度読んだら、みんな頭に入るんやから」
と言ってため息をついた。
節はこんなときには、にっこり笑って首を横に振った。
「節どん、本は何度も読まんと頭にはいらへん。これが『数学の公式や』それでこのよう
に使うんや」
「へえ、そのように使うんか、三角関数な、
ようわからへんのや」
「そうか、わては、一つを覚えて、そこから変形して三角関数をマスアーしたんや」」
「さすがやな、凄いな、そこが頭の造りが違うやな」
「こんど一緒に勉強しよう」
「うん、助かるわ」
二人は、久しぶりにささやかな笑いを発した。市松は、節の肩叩きをしたり、肩揉みをし
て彼女を労った。節の体の肉は、すっかり一人前の女の身体であった。市松にとって節は、
女というよりも、母親や実の姉のような思いで彼の中で慕っていた。
師走も押し迫り年の暮に江州の山奥は、猛吹雪に見舞われた。雪は、一晩で1メートル
以上も積もることもあった。市松は、元旦の朝早くから一人で雪かきをした。雪かきは、
昼近くまでかかり、へとへとになったのである。それから彼は、主人重一の前へ行き、両
手をつき、頭を畳につくまで下げて新年のあいさつをするのである。彼の両手は、霜焼け
とあか切れで醜いほど痛々しく腫れ上がっていた。さらに赤鼻は、一層に赤くちじれ上が
っていた。重一は、長い火鉢のそばで、素焼きの盃に日本酒を汲んでは、ちびりちびりと
それを口へ運んでいた。
「お前も十八になりゃ、もう一人前や。誰のお陰で大きくなったか、解らん歳でもないや
ろ。いつまでも子供やないんやから、精を出して働けよ」
と言って、また盃を口へ運んだ。
「へい!」
市松は、さらに頭を下げて主人の前を下がるのである。彼は、主人の重一の次に、これと
言わんばかりの晴れ着を着て奥の間で座っている重一の女房の純子の前へ行った。純子は
葉巻をふわふわとふかして、その香りと煙で出来る輪を楽しんでいるのである。彼は、重
一にしたのと同じように、頭を畳にこすりつけて挨拶をした。
「ああ!もうええ!もうええ!あっちへいきなはれ!お前の顔は、なんでそんなに間抜け
なんや。早よう、あっちへいきなはれ!」
彼は、また畳に頭をつけて引き下がった。台所で節が、煮炊きをしていた。彼は節にも、
と言ってため息をついた。
節はこんなときには、にっこり笑って首を横に振った。
「節どん、本は何度も読まんと頭にはいらへん。これが『数学の公式や』それでこのよう
に使うんや」
「へえ、そのように使うんか、三角関数な、
ようわからへんのや」
「そうか、わては、一つを覚えて、そこから変形して三角関数をマスアーしたんや」」
「さすがやな、凄いな、そこが頭の造りが違うやな」
「こんど一緒に勉強しよう」
「うん、助かるわ」
二人は、久しぶりにささやかな笑いを発した。市松は、節の肩叩きをしたり、肩揉みをし
て彼女を労った。節の体の肉は、すっかり一人前の女の身体であった。市松にとって節は、
女というよりも、母親や実の姉のような思いで彼の中で慕っていた。
師走も押し迫り年の暮に江州の山奥は、猛吹雪に見舞われた。雪は、一晩で1メートル
以上も積もることもあった。市松は、元旦の朝早くから一人で雪かきをした。雪かきは、
昼近くまでかかり、へとへとになったのである。それから彼は、主人重一の前へ行き、両
手をつき、頭を畳につくまで下げて新年のあいさつをするのである。彼の両手は、霜焼け
とあか切れで醜いほど痛々しく腫れ上がっていた。さらに赤鼻は、一層に赤くちじれ上が
っていた。重一は、長い火鉢のそばで、素焼きの盃に日本酒を汲んでは、ちびりちびりと
それを口へ運んでいた。
「お前も十八になりゃ、もう一人前や。誰のお陰で大きくなったか、解らん歳でもないや
ろ。いつまでも子供やないんやから、精を出して働けよ」
と言って、また盃を口へ運んだ。
「へい!」
市松は、さらに頭を下げて主人の前を下がるのである。彼は、主人の重一の次に、これと
言わんばかりの晴れ着を着て奥の間で座っている重一の女房の純子の前へ行った。純子は
葉巻をふわふわとふかして、その香りと煙で出来る輪を楽しんでいるのである。彼は、重
一にしたのと同じように、頭を畳にこすりつけて挨拶をした。
「ああ!もうええ!もうええ!あっちへいきなはれ!お前の顔は、なんでそんなに間抜け
なんや。早よう、あっちへいきなはれ!」
彼は、また畳に頭をつけて引き下がった。台所で節が、煮炊きをしていた。彼は節にも、
