毎日セットしているアラームの音で目が覚める4時半。
寝ぼけ眼を擦りながら布団から這い出る。
顔を洗い上着を羽織って僕はある場所に向かう。

のたのたと20分ほど歩いてやっと着く海岸。
小さなこの町は、まだ眠っている。
人ひとりいないこの場所で迷うことなく砂浜に腰を下ろし時を待つ。
この町の住人より遥かに早起きな小鳥の鳴き声や風に揺れる木々の音に耳を澄ませて目を閉じる。

「目を開けて。時間だよ。」

急に隣から聞こえてきた言葉に従うようにゆっくり目を開く。
さっきまで聞こえていた小鳥の鳴き声も木々の音も聞こえない。
代わりに心を満たしてくれる優しい波の音が鼓膜を揺らす。
今日も隣にいるカノジョは見ないで朝焼けを、僕とカノジョだけの世界を必死に目に焼きつける。



半年前のこの時間、早くに目覚めてしまった僕は何となく家を出ていて気がつけばここにいた。
砂浜に体育座りをして腕に顔を埋めていたとき、突然隣から声が聞こえた。

「こんな綺麗な景色、見なきゃ損するよ。」

驚き顔を上げて隣を見ると、カノジョがいた。
風になびく黒髪、陶器のように白い肌、長いまつ毛の大きな目、薄桃色の唇。
朝焼けに赤く照らされた横顔は言葉にできないほど綺麗だった。

「前を見て。今日の朝焼けは今日しかないの。」

一切僕の方は見ないでその綺麗な横顔が告げる。
慌てて前を見た僕はその景色に息を呑んだ。
そして隣に言葉をかける。

「…君、なんて名前なの?」

「…内緒。」

「どこから、いつの間にここに来たの?」

「内緒。」

「毎日この景色を見ているの?」

「内緒。」

「どうしてここにいるの?」

何を言っても教えてくれないカノジョが少し動揺したのが隣を見なくても伝わった。
しばらくの沈黙が続いた。

「…大切な人が待ってるから、大切な人を待ってるから。」

波の音に掻き消されそうなほど小さい声のあと、僕もカノジョも口を開かずひたすらに前を向いていた。

その日以降、僕らは毎日この世界を見つめている。



1時間が過ぎ6時を回った頃、気がつけば隣には誰もいなくなっている。
初めてあったあの日以降は朝焼けを見る時間ふたりの間に会話はない。
そして1時間が経てばカノジョはあっという間に姿を消す。
僕とカノジョの世界には言葉が必要ない気がして、僕らはそれが当たり前だった。

砂浜から腰を上げて早足でいつも通りの道で家に帰る。
またいつも通りを続けるだけ。当たり前の一日を過ごすだけ。
ただ朝焼けを見終わってしまった1日はとてつもなく退屈でまた明日が待ち遠しくなる。